「卑弥呼の鏡」が11面出土! 備前車塚古墳

岡山県岡山市中区にある墳丘長48.3mという小型の前方後円墳が、備前車塚古墳(びぜんくるまづかこふん)。注目は、「卑弥呼の鏡」と称される三角縁神獣鏡(さんかくえんしんじゅうきょう)11面を含む中国製の銅鏡13面が出土していること。被葬者がヤマト王権と密接に繋がった人物であることが推測されるのです。

吉備津彦命の墳墓とする説も

『魏志倭人伝』には、景初3年(魏の年号/239年=日本では弥生時代)、倭国の女王・卑弥呼(ひみこ)が魏に使者を送り、景初4年(240年)、魏の皇帝から銅鏡100枚を賜ったという記述があります。

各地の古墳から景初三年銘の入った三角縁神獣鏡が出土することから、この魏王から賜った鏡は、中国で製造された三角縁神獣鏡だとする考えが、おもに邪馬台国近畿説を支持する研究者らによって唱えられています。
形状だけでなく科学的な成分分析も魏の銅鏡に似ていることも理由のひとつです。

ただし、景初4年という実在しない年号があることから、魏鏡を真似た国内製造という説もありますが、いずれにしろヤマト王権が王権拡張の際に、地方を含めて有力な関係者に配ったと推測できるのです。

備前車塚古墳は、岡山市街地中心部の東、龍ノ口山から伸びる尾根上に、古墳時代初期に築かれた墳丘。
地元岡山では、『古事記』、『日本書紀』記述のある四道将軍のひとりで、西道に派遣されたという伝説上の人物、吉備津彦命(きびつひこのみこと/『桃太郎』のモデルとも)の墳墓ではないかという説もあります。
宮内庁は、岡山市北区吉備津にある中山茶臼山古墳(なかやまちゃうすやまこふん)を吉備津彦命の墳墓に治定していますが、いずれにしろ古代、吉備のクニの権力者の墓であることは間違いありません。

備前車塚古墳から出土した三角縁神獣鏡の同型鏡は、京都府木津川市の椿井大塚山古墳、山梨県甲府市の甲斐銚子塚古墳からも出土しているのも興味深いところです。
備前車塚古墳から出土した貴重な銅鏡13面は、東京国立博物館に収蔵。

「卑弥呼の鏡」が11面出土! 備前車塚古墳
名称 備前車塚古墳/びぜんくるまづかこふん
所在地 岡山県岡山市中区湯迫・四御神
関連HP 岡山県観光連盟公式ホームページ
電車・バスで JR岡山駅からバス四御神行きバスで34分、東が丘団地下車、徒歩5分
ドライブで 山陽自動車道山陽ICから約9km
駐車場 あり/無料
問い合わせ 岡山市埋蔵文化財センター TEL:086-270-5066
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「卑弥呼の鏡」が出土した古墳、出土数TOP5

『魏志倭人伝』に記された、西暦239年に邪馬台国(やまちこく)の卑弥呼(ひみこ)が中国・魏の皇帝から授かったとされる100面の銅鏡が、「卑弥呼の鏡」。縁が三角形で神や獣が描かれた三角縁神獣鏡で、ヤマト王権が王権確立のため配布したとも(実際に

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