徐福長寿館

中国の秦(しん)の始皇帝(しこうてい)から不老不死の薬草を手に入れるよう命を受け、はるばる日本の地にまで足を踏み入れた伝説の人、徐福(じょふく)。全国に徐福伝説が伝わりますが、古湯温泉の発見者として名をとどめるなど、佐賀市周辺には徐福伝説の残る場所が多く、佐賀市の金立公園に建つのが徐福長寿館です。

徐福伝説を今に伝える健康と長寿に関する資料館

徐福が長旅の末に薬草「フロフキ」を見つけた地とされるのが旧金立町(現・佐賀市金立町)。
平成7年に金立公園(きんりゅうこうえん)内に「健康と長寿」をテーマとした3.5haの金立公園薬用植物園をオープン。徐福長寿館はそのメイン施設として建てられたもので、健康や長寿に関する様々な資料を展示しています。

健康歩道「千反の道」は、足裏健康法を利用し長寿を願うもので、準備家屋で靴を脱ぎ、凹凸のある道を歩きます。
背後に聳える金立山には徐福を祀る金立神社の奥の院、上宮、中宮、下宮が鎮座。

伝承によれば徐福一行が上陸したのは有明海の白石町竜王崎と伝わりますが、弥生文化も大陸から有明海沿岸に渡来したと推測されることから、徐福の伝承は単なる伝説にはとどまらない可能性を秘めているのです。

そんな古代からの大陸との歴史を背景に、中国徐福会(本部・北京)の訪日団が徐福長寿館を訪れたこともあるのだとか。

金立公園は長崎自動車道の金立サービスエリアから直結しており、高速を降りなくても見学できるのでお見逃しなく。

徐福が金立山で発見した不老不死の妙薬とは!?

秦の始皇帝(紀元前259〜紀元前210年)が命じた不老不死の妙薬探し。
古代中国には、渤海の中に蓬莱、方丈、瀛州の三神山があって、仙人が住み不老不死の霊薬があるという神仙思想がありました。

そんな神仙思想を背景に、紀元前210年(日本では弥生時代)、徐福たち一行3000人は、100艘の大船団を組んで東へ向かいました。
韓国・済州島に上陸しますが、お目当ての妙薬はありません。
さらに海を越えてやって来たのが有明海というのです。
(『後漢書』の夷州を済州島、澶州を倭国とした場合で、諸説あります)

全国50ヶ所以上に徐福伝説が残るのは、秦国を船出した船団の8割は有明海に、残りの2割は日本各地に漂着したからだとする説もあります。

そんな徐福が不老不死の妙薬としたのが、金立山に自生する「フロフキ」。
実は、寒中でも青々として葉が茂るカンアオイのこと。
漢方では根を陰干しにして、土細辛(どさいしん)という咳止めの生薬になっています。
不老不死がなまってフロフキになったともいわれますが、地元では、クロフキは「黒蕗」で、一見フキに似て黒味を帯びているのが由来と説明しています。

ただし、このカンアオイ、中国にもあるので、わざわざ探す必要があったのかという疑問も残ります。

全国に残る徐福伝説の「不老不死の妙薬」

青森県中泊町=トチバニンジン、行者ニンニク
東京都八丈島=明日葉(あしたば)
山梨県富士吉田市=コケモモ
京都府伊根町=黒茎のヨモギ、九節のショウブ
和歌山県新宮市=テンダイウヤク
山口県祝島=ナシカズラ
福岡県筑紫野市=エヒメアヤメ
長崎県松浦市=仙丹(水銀化合物)

徐福長寿館 DATA

名称 徐福長寿館/じょふくちょうじゅかん
所在地 佐賀県佐賀市金立町金立1197-166
関連HP 徐福長寿館・薬用植物園公式ホーページ
電車・バスで JR佐賀駅から佐賀市営バス運転免許センター行きで27分、金立いこいの広場下車、すぐ
ドライブで 長崎自動車道佐賀大和ICから約5.4km(13分)。または、金立SAから徒歩3分
駐車場 10台/無料、金立いこいの広場駐車場(300台/無料)、長崎自動車道走行の場合は金立SA駐車場も利用可能
問い合わせ TEL:0952-98-0696/FAX:0952-98-0696
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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久保泉丸山遺跡

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