サイトアイコン ニッポン旅マガジン

佐賀市歴史民俗館・旧福田家

佐賀市歴史民俗館・旧福田家

佐賀県佐賀市、長崎街道沿いなどの歴史的建造物群7棟を総称して、佐賀市歴史民俗館と呼んでいますが、1棟だけやや離れた「通り小路」にあるのが、旧福田家。旧福田家は大正7年に建てられたもので、主の福田慶四郎は、明治末期から昭和にかけて活躍し、百六銀行の頭取にも就任した実業家です。

佐賀錦振興協議会の活動拠点にもなっている

明治初期に福田又蔵が土地を取得、土蔵を新築した後、又蔵の息子・福田慶四郎が大正年に主屋を建て、ここに暮らしています。
旧福田家の建物は、大正15年に茶室への廊下が増築されていますが、ステンドグラスや漆喰による飾り天井など、大正期の住宅として評価が高く、文化財としても貴重です(佐賀市の重要文化財に指定)。
大正15年11月13日、陸軍特別演習の折、閑院宮載仁親王(かんいんのみや ことひとしんのう)も宿泊しています。

現在は内部を一般公開するだけでなく、佐賀錦振興協議会の活動拠点として、佐賀錦の製品展示販売や実演の見学、体験などが可能。

佐賀錦(鹿島錦)は鍋島家の奥方らの手内職として、代々伝承されてきた手織物。
多彩な絹糸と金銀の箔や漆を織り上げるため手間ひまがかかりますが、ひときわ優美です。

ちなみに、福田慶四郎は、佐賀セメント、佐賀軌道会社の設立に尽力。
朝日商会、佐賀水産、福多商会、九州板紙、佐賀紡績、関門窯業、九州麻糸紡績、日本電気鉄工の経営にあたり、百六銀行の頭取を務めています。

佐賀市歴史民俗館は、旧古賀銀行、旧古賀家、旧牛島家、旧三省銀行、旧福田家、旧森永家、旧久富家の7館で構成されています。

佐賀市歴史民俗館・旧福田家
名称 佐賀市歴史民俗館・旧福田家/さがしれきしみんぞくかん・きゅうふくだけ
所在地 佐賀県佐賀市松原4-3-15
関連HP 佐賀市公式ホームページ
電車・バスで JR佐賀駅前の佐賀駅バスセンターから佐賀市営バス犬井道・大詫間行きで8分、片田江下車、徒歩3分
ドライブで 長崎自動車道佐賀大和ICから約8.7km
駐車場 50台/無料
問い合わせ 佐賀市歴史民俗館・旧福田家 TEL:0952-22-6849
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

佐賀市歴史民俗館・旧古賀銀行

佐賀市歴史民俗館は7棟の歴史的建造物の総称。その中心が旧古賀銀行です。明治18年、両替商をしていた古賀善平が設立した銀行で、佐賀県下の炭坑の好況を受け第七二国立銀行を譲り受けて業務を拡大、大正時代には県下最大の銀行となり、九州五大銀行の1つ

佐賀市歴史民俗館・旧古賀家

古賀銀行の創設者で、「佐賀財閥」のひとり古賀善平の住宅が佐賀市歴史民俗館・旧古賀家。古賀銀行設立の前年、明治17年に建てられています。古賀家は大隈重信(佐賀城下会所小路の生まれ)も佐賀に帰郷の際は古賀邸にたびたび宿泊したという名家です。現在

佐賀市歴史民俗館・旧三省銀行

銀行類似業務を担う三省社(さんしょうしゃ)の店舗として明治15年に建てられた建物を保存するのが、佐賀市歴史民俗館・旧三省銀行。三省銀行は、明治15年2月に旧佐賀藩士の柿久栄次を頭取とし、佐賀郡の米穀商を株主として開業した三省社が前身。その背

佐賀市歴史民俗館・旧牛島家

建築は18世紀前半(江戸中期頃)と推測され、佐賀城下に残る最古の町家建築が、佐賀市歴史民俗館・旧牛島家。もともとは佐賀城下の下今宿町(現・佐賀市朝日町3番4号)にあった町家建築で、1854(嘉永7)年の『佐嘉城下町竃帳』(幕末佐賀城下の庶民

佐賀市歴史民俗館・旧久富家

佐賀県佐賀市、長崎街道沿いなどの歴史的建造物群7棟を総称して、佐賀市歴史民俗館と呼んでいますが、柳町にある商家が佐賀市歴史民俗館・旧久富家。履物商を営んでいた初代・久富亀一が、大正10年に柳町に移転し「履物問屋久富商店」を開いた建物です。「

佐賀市歴史民俗館・旧森永家

佐賀県佐賀市、長崎街道沿いなどの歴史的建造物群7棟を総称して、佐賀市歴史民俗館と呼んでいますが、長崎街道に面する北蔵に「森永呉服店」の看板を掲げるのが旧森永家。もともとは煙草製造をしていましたが、専売制により明治37年〜昭和9年までは呉服店

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

モバイルバージョンを終了