栃木県日光市、上今市にある杉並木公園内に朝鮮通信使今市客館跡(ちょうせんつうしんしいまいちかきゃくかんあと)があります。朝鮮通信使をもてなすための迎賓館で、材料をわざわざ江戸から運び、1万両を費やして建築しています。日光東照宮に現存する朝鮮鐘と呼ばれる鐘はその際、朝鮮国王から寄進されたもの。
朝鮮通信使が宿泊した迎賓館の跡
江戸時代、朝鮮通信使は対馬に差し止められたものを含め12回来日していますが、そのうち、寛永13年(1636年/将軍・徳川家光)、寛永20年(1643年/徳川家光・家綱襲封祝賀、日光東照宮落成祝賀)、明暦元年(1655年/徳川家綱・家綱襲封祝賀)の3回は、徳川家康が東照大権現として祀られている日光東照宮に参詣しています。
朝鮮通信使は、朝鮮王朝と、徳川幕府が「信(誼)」(よしみ)を通わす善隣外交ですが、その際に、幕府の強い要望もあって日光参詣を行なっているのです。
朝鮮通信使は、正使、副使、従事官(しゅうしかん)の三使を含めて200人が日光を訪れ、日光東照宮、そして徳川家光没後は家光が祀られる大猷院にも参詣しています(警護を含めれば1000人以上という大集団です)。
幕府の権威を示すためもあって、将軍の日光社参並みの扱いで歓待され、その場所となったのが今市客館だったのです。
朝鮮通信使の日光東照宮への参詣は、徳川家康の威徳を示すとともに、政権の正統性を国際的にも強く印象付けるという目的がありました。
家綱の誕生の祝賀に来日した寛永20年(1643年)の朝鮮通信使は、鐘、花瓶、香炉、燭台などが寄進され、陽明門前に現存しています。
現在、杉並木公園の今市客館跡には朝鮮通信使来日400年を記念して建立した「朝鮮通信使今市客館跡」石碑が立っています。
名称 | 朝鮮通信使今市客館跡/ちょうせんつうしんしいまいちかきゃくかんあと |
所在地 | 栃木県日光市瀬川383-1 |
関連HP | 日光観光協会公式ホームページ |
電車・バスで | 東武日光線上今市駅からすぐ |
ドライブで | 日光宇都宮道路今市ICから約2.4km |
駐車場 | 80台/無料 |
問い合わせ | 日光市公共施設管理公社 TEL:0288-22-6163 |
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