離宮八幡宮

離宮八幡宮

京都府乙訓郡大山崎町にある古社が離宮八幡宮。貞観元年(859年)、清和天皇の命により、南都(奈良)・大安寺の僧・行教が大分の宇佐八幡宮(八幡大菩薩)を勧請して創建。嵯峨天皇の離宮・河陽宮(かやのみや)跡に建立されたことから、離宮八幡宮の名があります。

境内に「本邦製油発祥地」碑も

名物の荏胡麻(えごま)は、貞観年間(859年〜877年)、寺の神官(当時は神仏習合)が「長木」という搾油器を作り、燈明用油として製油したのが起源で、日本における製油発祥地にもなっています。

離宮八幡宮には油の専売権が付与され、油座を形成します。
山崎に商業組織の「座」の中でも最大の「油座」の本拠地が置かれると(油の商売を行なうには離宮八幡宮の承認が必要)、本所として製造販売権を独占し、寺も大いに繁栄しました。
織田信長の油座廃止令、近世への橋渡しとなった楽市楽座によって、こうした中世的な特権は失われますが、現在でも全国の製油業者から崇拝され、油が奉納されています。

元治元年(1864年)の禁門の変では近くに長州藩屯所があったため戦火で焼失、さらに明治初年の神仏分離、明治4年に境内北側が鉄道用地となって、境内地は縮小しています。

本殿、拝殿、中門、透塀、手水所、高天宮神社は、国の登録有形文化財。
「大山崎離宮八幡宮文書」28巻は国の重要文化財に指定。

ちなみに、司馬遼太郎の『国盗り物語』では、油商人「山崎屋」の松波庄九郎(後の斎藤道三)が離宮八幡宮の参道で、口上を述べ、油を売る姿が描かれていますが、これはそうした中世の繁栄ぶりを背景にしながらも、あくまでも創作(ただし、斎藤道三の父・松波庄五郎が山崎の油商人だった可能性はあります/山城国出身の松波庄五郎は、美濃で土岐氏に仕官)。

離宮八幡宮
名称 離宮八幡宮/りきゅうはちまんぐう
所在地 京都府乙訓郡大山崎町大山崎西谷21-1
関連HP 離宮八幡宮公式ホームページ
電車・バスで JR山崎駅から徒歩1分、阪急京都線大山崎駅から徒歩2分
ドライブで 名神高速道路大山崎ICから約2km
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 離宮八幡宮 TEL:075-956-0218
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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