小川家長屋門

小川家長屋門

山口県萩市、土原地区にある武家屋敷の長屋門が小川家長屋門(こがわけながやもん)。小川家初代は毛利元就に仕え、その後、萩藩の大組士(500石)となり、幕末期の当主・小川厚狭佐(こがわあさのすけ)は慶応元年(1865年〜明治元年までの3年間、萩町奉行を務めています。

幼少時代に、伊藤博文もこの長屋門を出入り!

小川家長屋門

現存する長屋門は幕末の安政初期の表門なので、まさに小川厚狭佐時代のもの。
入母屋造り、桟瓦葺き平屋建て、桁行27mの長い建物は、「夏みかんと長屋門と土塀」の町を象徴する風景で記念撮影にも絶好です。

内部は通路の南側に8室と濡れ縁があり、北側には土間をはさんで6室が配され、ギャラリーなどとして有効活用されています。
利助(りすけ)と名乗った幼少時代の伊藤博文(父は下級武士の足軽)は、風呂焚きなど小川家の下働きとして出入りしていたと伝わるので、この小川家長屋門をくぐっていることに。

また、安政5年(1858年)に萩町奉行を務めた小幡高政(おばたたかまさ)は、明治維新後、士族救済、殖産興業で夏みかんの栽培を奨励しますが、小幡高政の娘が小川家に嫁いでいることなどもあって、小川家では主屋を解体して、夏みかん畑にしています(そのため長屋門が現存)。

小川家長屋門
名称 小川家長屋門/こがわけながやもん
所在地 山口県萩市土原
関連HP 萩市観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR東萩駅から徒歩15分。または萩循環まぁーるバスで、サンライフ萩前下車、徒歩5分
ドライブで 中国自動車道山口ICから約42km
問い合わせ 萩市観光課 TEL:0838-25-3139
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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