堀川・納屋橋

堀川・納屋橋

慶長15年(1610年)、名古屋城(現・愛知県名古屋市)築城の際に福島正則(ふくしままさのり)によって開削された運河が堀川。名古屋城建築の資材も運ばれたほか、明治以降は名古屋城周辺で作られた陶器を名古屋港に運ぶ舟運にも利用され、名古屋発展に貢献した運河です。納屋橋(なやばし)は堀川の広小路通りに架かる橋です。

堀川にかかる大正レトロ風の橋

慶長15年(1610年)に、城下町の大移動、清洲越しに先立って行われた堀川掘削とともに架けられた「堀川七橋」のひとつが納屋橋。

現在の納屋橋は昭和56年に架けられた3代目。
名古屋市の「都市景観重要建築物等」の指定を受けています。
青銅鋳鉄の欄干は大正10年に架けられた2代目の物を流用していますが、堀川開削を担当した総奉行・福島正則や郷土の三英傑(信長、秀吉、家康)の家紋が施されています。

錦橋~納屋橋~天王崎の間には納屋橋遊歩道も設けられていて散策にも絶好。
納屋橋南側、遊歩道沿いの地は、かつて尾張藩の藩倉が並んでいた場所。
その倉(納屋)が並んでいたのが、納屋橋の由来ともいわれています。

また、明治40年に名古屋港が開港すると、堀川はさらに物流が増え、納屋橋の河畔には輸出入の積荷を荷揚げ、荷積みするためのT字型の納屋橋掘割も開削され、昭和20年の名古屋空襲で倉庫群が焼失するまで使われていました(倉庫群は掘割周辺の天王崎町、堅三ッ蔵町の1万500余坪で、現在は埋め立てられ「テラッセ納屋橋」などになっています)。

名古屋銘菓として有名な「納屋橋饅頭」(なやばしまんじゅう)は明治19年、納屋橋のそばに「伊勢屋」を創業し饅頭を売り始めたのがルーツ。

また、納屋橋の東詰めには堀川ギャラリー(国の登録有形文化財・旧加藤商会ビル)があります。

ちなみに「堀川七橋」は、上流から順に、五条橋(ごじょうばし)、中橋(なかばし)、伝馬橋(てんまばし)、納屋橋(なやばし)、日置橋(ひおきばし)、古渡橋(ふるわたりばし)、尾頭橋(おとうばし)。

名称 堀川・納屋橋/ほりかわ・なやばし
所在地 愛知県名古屋市中区名駅南1-1
電車・バスで JR・地下鉄名古屋駅、名鉄名古屋本線新名古屋駅、近鉄名古屋駅から徒歩10分
駐車場 アクアタウン納屋橋駐車場(175台/有料)など周辺の有料駐車場を利用
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
堀川ギャラリー(旧加藤商会ビル)

堀川ギャラリー(旧加藤商会ビル)

名古屋市中区、広小路通と堀川が交差する納屋橋のたもとにあるのが堀川ギャラリー。昭和6年築の旧加藤商会ビルは、輸入貿易商の加藤商会の本社だった建物で国の登録有形文化財。現在、地下1階は堀川ギャラリーとして、堀川でのイベントなその情報の集積・発

 

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