那古野神社

那古野神社

愛知県名古屋市中区にある織田家ゆかりの古社が那古野神社(なごやじんじゃ)。延喜11年(911年)、那古野庄今市場(後の名古屋城三の丸)に創建と伝わります。津島牛頭天王社(現・津島神社)を総本社とする牛頭天王社の一つで、若宮八幡社に隣接し、亀尾天王社と呼ばれていました。藩政時代には名古屋城の鎮守に。

藩政時代には名古屋城と城下の鎮守

もともとは、神仏習合の神、牛頭天王(ごずてんのう)を祀る神社。
織田信長の父・織田信秀(おだのぶひで)が社殿を再建するなど織田家との関わりも深い神社です。
また豊臣秀吉も社領を寄進しています。
慶長15年(1610年)、清洲から名古屋に城(藩庁)と城下町が移される「清洲越し」の際に、境内は新造の名古屋城三の丸の一部となり、城の鎮守、城下の氏神となりました(この時、若宮八幡社のみ遷座)。

藩政時代、名古屋城大手門の南の区域は、西から順に藩主の霊廟、天長山尊寿院(東照宮の神宮寺)、東照宮、亀尾天王社が並ぶ神域だったのです。
亀尾天王社が境内には、別当寺の亀尾山安養寺(天王坊)があり、信長が幼少の頃、学問を学びに通った寺(『信長公記』に記される天王坊)で、家康も幼少の頃(織田信秀の人質だった際)、安養寺に拘留されていたことがありました。

三の丸跡の金シャチ横丁一帯にある、天王坊後園遺跡と、名古屋市最大の大イチョウは、往時の亀尾天王社がの名残り。
明治9年、陸軍・名古屋鎮台が城内に置かれたのを機に、隣接の東照宮とともに旧藩校明倫堂跡地である現在地に遷座し、明治32年に亀尾天王社がから那古野神社に改称しています。

往時には例祭である『天王祭』(祇園祭)は『東照宮祭』、『若宮祭』とならんで名古屋三大祭に数えられていました。

名称 那古野神社/なごのじんじゃ
所在地 愛知県名古屋市中区丸の内2-3-17
関連HP 名古屋コンベンション協会公式ホームページ
電車・バスで 地下鉄桜通線・鶴舞線丸の内駅から徒歩7分
ドライブで 名古屋高速都心環状線丸の内ランプから約1km
駐車場 なし
問い合わせ TEL:052-231-4030
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
名古屋東照宮

名古屋東照宮

家康没後3年目の元和5年(1619年)、尾張藩の初代藩主・徳川義直(徳川家康の九男)は日光山輪王寺(神仏混淆時代で境内に東照宮が祀られていた)に準じた様式で、名古屋城三の丸・亀尾天王社(現在の那古野神社)の隣地に天海を開基とする天長山尊寿院

 

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