松山城
愛媛県松山市街の中心、標高131.4mの勝山に建つ松山城は、秀吉の家臣で賤ヶ岳合戦の「七本槍」の一人、加藤嘉明(かとうよしあきら)が25年の歳月を費やし寛永4年(1627年)に築城した平山城。天守など21棟が現存し、国の…
愛媛県松山市街の中心、標高131.4mの勝山に建つ松山城は、秀吉の家臣で賤ヶ岳合戦の「七本槍」の一人、加藤嘉明(かとうよしあきら)が25年の歳月を費やし寛永4年(1627年)に築城した平山城。天守など21棟が現存し、国の…
道後温泉(愛媛県松山市道後町)の温泉街の南、小高い丘陵で、現在道後公園となっている一帯が中世の名城、湯築城(ゆづきじょう)の城跡。足利尊氏が建武政権に叛旗を翻した建武2年(1335年)頃、伊予国守護・河野通盛の代に築城さ…
【栂池ビジターセンター・猪股崇志さん発】 2018年5月29日現在、栂池自然園のみずばしょう湿原では水芭蕉の開花が始まり、少し足を伸ばしたヤセ尾根では、すでに雪解けが進んで、花が咲き始めているとのことです。栂池自然園は6…
栂池自然園、2018年は6月1日(金)に開園です。その直前、5月27日に特別許可を受けて栂池自然園を取材しました。「今年は例年に比べて雪が少なく、花の開花も1週間ほど早い感じです」(栂池ビジターセンター・猪股崇志さん)と…
大洲城(おおずじょう)は、元弘元年(1331年)に伊予守護職・宇都宮豊房(うつのみやとよふさ)が城郭を築いたのが始まり。肱川(ひじかわ)の蛇行を利用し地蔵岳に建てられた平山城で、文禄4年(1595年)に、築城の名手として…
島根県内では出雲大社に次いで参拝者が多いのが津和野町の太皷谷稲成神社(たいこだにいなりじんじゃ)。参道から社殿までの約250m、1000本もの赤い鳥居のトンネルが、まるで山を登るように連なって見えるので、最近ではフォトジ…
太皷谷稲成神社(たいこだにいなりじんじゃ)の参道と、津和野城跡を結ぶ津和野町営のリフト。山麓から歩けば40分以上かかるところを、リフトを利用すれば津和野城の主郭まで徒歩15分ほどで到達できます。料金などは津和野町城跡観光…
津和野城は、津和野を眼下にする標高347.5mの霊亀山山上にあった典型的な山城の跡で国の史跡。吉見頼行が、鎌倉時代の永仁3年(1295年)から30年を費やして築城したのが始まり。現存する石垣などは関ヶ原合戦以降のもの。山…
池田氏岡山藩31万5000石の居城で藩政時代、岡山藩の藩庁が岡山城。天正元年(1573年)、宇喜多秀家の父・宇喜多直家がそれまでの居城である亀山城(沼城)から石山城(岡山城)に入城。西国街道を城下に入れ、城下町を整備した…
明石城は元和2年(1619年)、徳川家康の曾孫で明石、三木、加古、加東の4郡10万石を領した小笠原忠真(おがさわらただざね)が将軍家と姫路藩・本多家の支援を受けて築いた城が明石城。城跡は県立明石公園として整備され、往時の…
滋賀県長浜市南部を流れる姉川の野村橋一帯は、その川が血で染まったという激戦の地、姉川古戦場。織田信長の京・上洛途中にある小谷城の城主・浅井長政(あざいながまさ)は、織田家と盟友関係にありましたが、織田軍の朝倉攻めに際して…
「近江を制する者は天下を制す」といわれた湖国・近江(滋賀県)で、戦国時代に重要な位置にあったのが浅井(あざい)3代の居城となった小谷城。標高495.1mの小谷山は天然の要害で、山麓の城下町(伊部宿)には北陸と東海を結ぶ北…
滋賀県長浜市の小谷山(おだにやま・標高495.1m)にあり、浅井(あざい)家が3代にわたって居城とした中世の山城で国の史跡が小谷城(おだにじょう)。大永4年(1524年)頃に浅井亮政(あざいすけまさ)が自然の地形を巧みに…
奈良市にある不退寺(ふたいじ)は、『大和國金龍山不退寺縁起』によれば、承和14年(847年)、平城天皇(へいぜいてんのう)が退位後暮らした「萱の御所」に、孫の在原業平(ありわらのなりひら)が自ら刻んだ仏像を安置し、「不退…
京都・大原野、大原野神社向いにある天台宗の古刹が十輪寺で、本尊は延命地蔵菩薩。六歌仙のひとり在原業平(ありわらのなりひら)が晩年に隠棲(いんせい)した地と伝わり、業平寺(なりひらでら)とも、文徳天皇の御妃・染殿皇后(そめ…
大宝元年(701年)、役小角(えんのおづぬ)によって開かれ、大同3年(808年)、空海(弘法大師)が再興したと伝えられる河内長野市にある古刹が観心寺(かんしんじ)。後醍醐天皇から庇護を受け、建武新政直後の建武元年(133…
大阪府千早赤阪村にある楠木正成生誕の地という伝承が残る地。国史赤阪城跡(下赤坂城跡)から北に500m、国史楠木城跡(上赤坂城跡)から北に2kmという位置関係です。楠公誕生地一帯は、「道の駅ちはやあかさか」の敷地で、くすの…
八海醸造(新潟県南魚沼市)が里山風景が広がる八海山山麓に設けた複合施設「魚沼の里」にある食堂。名前の通り、「製造部はもとより、営業、事務職、などすべてのセクションの社員がこの社員食堂を利用」(八海醸造)とのことで、入口側…