村山浅間神社
富士宮市の村山地区は、富士山における修験道の中心地。そこに鎮座する村山浅間神社は世界遺産富士山(「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」)の構成資産の一つ。富士山の火山活動が沈静化した平安時代の末期、富士山頂に大日堂を建立した…
富士宮市の村山地区は、富士山における修験道の中心地。そこに鎮座する村山浅間神社は世界遺産富士山(「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」)の構成資産の一つ。富士山の火山活動が沈静化した平安時代の末期、富士山頂に大日堂を建立した…
昔ここに住んでいた田貫長者の庭池だったと伝えられる池。関東大震災後、芝川の水量が減少し、農業用水確保のために昭和10年から沼地に堤防を建設。現在は、水深8m、周囲4.5kmの潅漑用貯水池になっています。逆さ富士で有名で、…
富士山麓では、もっともミステリアスなムードが漂う溶岩洞窟が人穴(ひとあな)で、浅間大菩薩(せんげんだいぼさつ)の御在所とされる富士講の聖地。まつわる伝説も多く、『吾妻鏡』には建仁3年(1203年)には、源頼朝が仁田忠常(…
静岡県富士宮市猪之頭、田貫湖畔から北へ続く、東海自然歩道富士宮コース沿いの五斗目木川(ごとめきがわ/芝川支流)の源流に位置する湧水の滝。1193(建久4)年、源頼朝の富士の巻狩りの際、滝の近くに一夜の陣を敷いたのが滝名の…
国道139号近くにあり、源頼朝の富士の巻狩りの際に曾我兄弟が工藤祐経(くどうすけつね)の仇討ちを密談。滝の音が消えるように念じたら、その音が見事に止まった、という伝説が残されおり、それが滝名の由来に。すさまじい轟音ととも…
断崖から白い絹糸を垂らしたように流れ落ちる優美なさまから、名が付けられたのが静岡県富士宮市の白糸の滝。高さ20m、幅121mで、富士山麓では最大の滝で、滝壺近くまで下りることも可能。川の水は平均水温11度と冷たく、夏でも…
富士宮市の富士山本宮浅間大社の社伝では、建久4年(1193年)、源頼朝が富士山麓で「富士の巻狩り」を行なった際、富士山本宮浅間大社に流鏑馬(やぶさめ)を奉納し、武運長久・天下太平を祈願したことから始まるという歴史ある流鏑…
桜はヒマラヤ原産で、ヒマラヤでは秋に咲きます。桜は交配を繰り返し、雑誌を生み出しながら進化北進を続け、沖縄では冬に、そして本州などでは春に、さらに北海道の道東のエゾヤマザクラは6月に(知床では7月に)咲くようになったので…
富士宮市にある日本一ともいわれるヤマザクラ(山桜)の古木で国の特別天然記念物(学名アカメノシロバナヤマザクラ)。鎌倉に幕府を開いた源頼朝が1193(建久4)年、「富士の巻狩り」を行なった際、馬から下りたところというのが名…
平成2年に公益財団法人日本さくらの会の創立25周年記念として、当時の建設省、運輸省、環境庁、林野庁、全国知事会、財団法人国際花と緑の博覧会協会の後援で選定された「日本さくら名所100選」。9つの基準をクリアして選ばれた「…
伊豆高原にミニ富士山のようにそびえる大室山の山麓に40種1500本の桜が植栽される花の里。9月中旬、十月桜が咲き始め、冬から春にかけての寒桜、大寒桜、伊東桜、ソメイヨシノ、枝垂桜、八重紅大島桜、大島桜、八重桜の関山・松月…
静岡県駿東郡小山町にある公園墓地。富士山を借景にメインストリート脇などに桜が植栽され、「日本さくら名所100選」に選定されています。本田技研工業の創業者・本田宗一郎、国民栄誉賞受賞の歌手・藤山一郎、女優の杉村春子、第56…
1570(元亀元)年、武田信玄の西侵に備えるため、徳川家康は本拠地を三河国岡崎城(現・愛知県岡崎市)から遠江国浜松荘へ移します。さらに当時の地名、曳馬という名が「馬を引く」(敗北)に通じることから浜松荘(荘園の名)に因ん…
永禄年間(1558年〜1570年)に相模国の戦国大名・北条氏康(ほうじょううじやす)が築城した小田原城の支城(国境警備の城)で、箱根十城のひとつ。東海道の三島神社から箱根へと上る途中に位置する中世の山城跡で、箱根山外輪山…
音無神社は、伊東市街の中央を流れる音無川(松川)の東岸に鎮座する古社。音無の森と呼ばれる鎮守の森に囲まれた厳かな神社ですが、毎年11月10日に「天下の奇祭」といわれる『尻つみ祭り』が斎行されます。またこの音無の森は『曽我…
平安時代(927年)編纂の『延喜式神名帳』に「遠江国六十二座、敷智郡六座の一座」との記載がある浜名湖屈指の古社。祭神は蚶貝比賣命(きさがいひめのみこと)、蛤貝比賣命(うむぎひめのみこと)と全国的にも珍しい浜名湖らしい貝の…
掛川城大手門は、二層式の櫓門(やぐらもん)。平成5年の発掘調査で12ヶ所の礎石根固め石が確認され平成7年に往時の位置から50m北にずらして復元されています。棟上には鯱瓦が飾られた勇壮な建物で、観光の拠点となる市営の掛川大…
城下に時を知らせるための大太鼓が置かれた櫓で、往時には掛川城の三の丸にありました。二の丸にあった荒和布櫓(あらめやぐら)にかわって、昭和30年に太鼓櫓が移築されています。時を告げた太鼓は、掛川城御殿玄関に置かれています。