大森ふるさとの浜辺公園
東京都大田区、運河を隔てて昭和島を眼前にする12.8haという広々とした大田区立の臨海公園が、大森ふるさとの浜辺公園。人工海浜、人工干潟、釣磯場もあり、磯遊びや水遊びが可能。平和島IC近くにありながら北側に連続する平和の…
東京都大田区、運河を隔てて昭和島を眼前にする12.8haという広々とした大田区立の臨海公園が、大森ふるさとの浜辺公園。人工海浜、人工干潟、釣磯場もあり、磯遊びや水遊びが可能。平和島IC近くにありながら北側に連続する平和の…
東京都八丈町、八丈島にある伊豆諸島の最高峰が、標高854.3mの八丈富士。ひょうたん島のような形の八丈島には、南北にふたつのピークがあり、北側にある複式コニーデ火山が八丈富士(西山火山)です。室町時代から江戸時代にかけて…
東京都八丈町、八丈富士の麓、八丈島の中心に位置するのが、八丈島空港。東京都港湾局が運営する地方管理空港で、八丈島の空の玄関口。伊豆諸島では唯一、羽田(東京国際空港)からの定期便(ANA)が就航しています。青ヶ島、御蔵島(…
東京都三宅村坪田、三宅島の東岸、三池港近くにある東京都港湾局が運営する地方管理空港が、三宅島空港。三宅島の空の玄関口で、調布飛行場からの新中央航空・ドルニエ228(双発プロペラ機)で、50分のフライトです。
東京都新島村にある東京都営空港が、新島空港。調布飛行場からの新中央航空の定期便が就航。新島本村の東、羽伏浦近くに位置し、西風の日なら羽伏浦上空からの着陸、東風なら羽伏浦に向かっての離陸となり、離着陸時に新島の空中遊覧がで…
東京都調布市にある東京都営の空港が、調布飛行場(ちょうふひこうじょう)。調布空港とも呼ばれ、新中央航空の伊豆諸島(大島、新島、神津島、三宅島)へのドルニエ228が発着しています。離島港湾部調布飛行場管理事務所も置かれてい…
平成12年4月1日に開園した三鷹市、府中市と調布市にまたがる38.5haという広大な都立公園が、武蔵野の森公園。調布飛行場(都営の空港)を取り囲むように広がるのは、戦前は陸軍の、戦後は米軍の飛行場と基地だったから。米軍か…
東京都三鷹市大沢6丁目、調布飛行場(東京都営の空港)の北側、大沢グラウンド通り沿いの高台にあるのが、武蔵野の森公園・展望の丘。調布飛行場の滑走路の北端に位置する飛行機ウォッチングのポイントで、伊豆諸島を結ぶ新中央航空ドル…
東京都三鷹市大沢6丁目、調布飛行場(東京都営の空港)の北側、大沢グラウンド通り沿いの高台にあるのが、武蔵野の森公園・展望台。調布飛行場の滑走路を眼前にする飛行機ウォッチングのポイントのひとつで、伊豆諸島を結ぶ新中央航空ド…
東京都練馬区東大泉6丁目、「日本の植物学の父」といわれる牧野富太郎(まきのとみたろう)博士の旧宅跡の庭園を開放した練馬区立の公園が、牧野記念庭園。牧野博士が大正15年から昭和32年に没するまで暮らした邸宅に併設の、博士が…
東京都大田区城南島4丁目、羽田空港(東京国際空港)や中央防波堤外側埋立処分場を眼前にする臨海公園が、 城南島海浜公園。 東京都港湾局が管理する東京海上公園のひとつで、城南島海浜公園キャンプ場・オートキャンプ場があるほか、…
東京都板橋区本町、街道時代の中山道板橋宿にある伝説の榎が、縁切榎(えんきりえのき)。石神井川を渡る板橋の北に続く、仲町商店街の一画にあり、幕末の文久元年(1861年)、皇女和宮が14代将軍・徳川家茂に嫁ぐ際の行列は、縁起…
東京都板橋区、かつての中山道板橋宿を横切る石神井川に架る橋が、板橋。地名の由来にもなった橋で、平安時代にはすでにあったものとされる歴史ある橋。現在の橋は、石神井川の河川改修後の昭和47年の架橋(かつての蛇行部分が石神井川…
明治6年1月15日の太政官布達第16号「公園設置ニ付地所選択ノ件」で東京府に誕生した5ヶ所の公園が近代における日本最初の公園。浅草公園(浅草寺)、上野公園(現・上野恩賜公園/寛永寺)、芝公園(増上寺)、深川公園(富岡八幡…
東京都大田区京浜島にある東京港海上公園(東京都港湾局の管理)のひとつが、京浜島つばさ公園。羽田空港(東京国際空港)を離着陸する飛行機を間近に見ることができるのが「つばさ公園」の名の由来。東京随一の飛行機ウォッチングのポイ…
江戸市中の武家屋敷や商家に上水を供給した神田上水の源流、井の頭池(三鷹市)、周辺の田畑を潤した善福寺池(杉並区)、三宝寺池(練馬区)が、武蔵野三大湧水池。現在は地下水をポンプアップしていますが、かつては武蔵野台地の縁、武…
東京都三鷹市にある曹洞宗の寺、春清寺(しゅんせいじ)。慶長7年(1602年)、旗本で青山百人組のひとり、大原春清(無徹玄心)が草庵を建てたのが始まり。境内には昭和54年5月に開眼した多摩大仏があり、黄金に輝く神々しい大仏…
東京都日野市にある法華宗の寺、善生寺(ぜんしょうじ)。正保2年(1645年)、豊田村を領有する旗本・大久保勘三郎忠良が前年に亡くなった娘の追善のために建立した寺。平成7年に建立された丈六(4.85m)の青銅製の大仏(薬師…