道後温泉駅(坊ちゃん列車)
松山と道後温泉を結び明治21年に開業した日本最古の軽便小鉄道が伊予鉄道。伊予鉄道城南線の終着駅で、道後温泉の玄関駅が明治28年開業の道後温泉駅。明治44年建築のレトロな旧駅舎が復元されています。往時の坊っちゃん列車をモデ…
松山と道後温泉を結び明治21年に開業した日本最古の軽便小鉄道が伊予鉄道。伊予鉄道城南線の終着駅で、道後温泉の玄関駅が明治28年開業の道後温泉駅。明治44年建築のレトロな旧駅舎が復元されています。往時の坊っちゃん列車をモデ…
愛媛県松山市の道後温泉は、『日本書紀』にも登場するわが国最古ともいわれる温泉地。和風木造3階建ての道後温泉本館は、道後温泉の共同浴場で、明治27年に神の湯を竣工、明治32年に霊の湯(たまのゆ)と又新殿(ゆうしんでん)が増…
豊後水道に突き出した長大な佐田岬半島(愛媛県伊方町)。中央構造線による地殻変動で誕生した半島で、基部から先端まで40kmの細い山並みが連続し、海上に浮かぶ山脈といった感じ。「佐田岬メロディライン」と呼ばれる国道197号が…
佐田岬半島宇和海県立自然公園に指定された伊方町の山並み。佐田岬半島のほぼ中央、山頂に権現様(石鎚神社=神仏混淆時代は石鎚蔵王権現)があることから権現山と呼ばれる標高376mのピークは、瀬戸内海、宇和海を一望にする展望地。…
愛媛県伊方町、四国の最先端、豊後海峡に突き出す佐田岬半島の中央部にある旧瀬戸町地区は、「風車のまち」。南北が海で、海を隔てて細長く尾根が連なる半島には、強風が吹き付けます。その強風を利用した瀬戸ウインドヒル発電所の風車が…
愛媛県宇和島市の宇和海沿岸はリアス式海岸で、いたるところに深く切れ込んだ入江があり農地が少ないのが特長。40度という急斜面に石垣を築き幅約1mほどの畑を鍬で開拓したという遊子水荷浦の段畑(ゆすみずがうらのだんばた)は、「…
四国の最西端、豊後水道へと突き出した佐田岬半島を走る国道197号(佐田岬メロディライン)沿い、愛媛県伊方町、大久集落背後の標高220mにあるのが大久展望台(おおくてんぼうだい)で、白亜の神殿風フォルムが異色。眼下の大久集…
しまなみ海道途中、最大の島が愛媛県今治市の大三島。その大三島の東部にある標高269.9mの頂にあるのが立石展望台です。井ノ口港のある井口地区から展望台まで果樹園を抜ける車道も通じています(幅員が狭い部分などがあるので走行…
道の駅多々羅しまなみ公園は、生口島(いくちじま/広島県尾道市瀬戸田町)と大三島(おおみしま/愛媛県今治市上浦町)を結ぶ「瀬戸内しまなみ海道」の多々羅大橋の大三島側のたもと位置する道の駅。海峡に突き出した多々羅岬一帯が多々…
愛媛県今治市の大三島と広島県尾道市の生口島を結ぶしまなみ海道(西瀬戸自動車道)の美しい橋、多々羅大橋。その美しく優美な姿と、多々羅海峡を眺めるベストショットポイントが「道の駅多々羅しまなみ公園」(愛媛県今治市)にある多々…
鳴門海峡、下関海峡と並び「日本三大潮流」に数えられる、来島海峡(くるしまかいきょう)。来島海峡大橋の愛媛県側の起点、今治市にあるのが糸山公園で、来島村上水軍の拠点だった来島、小島、馬島(うましま)を見下ろす標高96.9m…
愛媛県今治市街の北西、来島海峡第一大橋、来島海峡第二大橋、来島海峡第三大橋という3つの橋が連続する来島海峡大橋(本州四国連絡橋の尾道・今治ルート)を北に眺める標高243.5mのピークが近見山展望台(ちかみやまてんぼうだい…
愛媛県内子町にある内子座は、大正5年に建てられた劇場。道後温泉本館と並び、愛媛を代表する建物で国の重要文化財に指定。内子の明治・大正時代はハゼノキから製造する木蝋(もくろう)生産や製紙業、生糸の集積地として繁栄した時代で…
安政2年(1855年)、宇和島藩が外国船監視、宇和島湾防備を目的に海を埋め立てて築いた台場の跡が樺崎砲台跡。宇和島藩では高野長英の設計の御荘久良砲台(みしょうひさよしほうだい)に次ぐ台場建設で、青銅製大砲5門が設置されま…
愛媛県宇和島市にある和霊神社(われいじんじゃ)は、宇和10万石の領主となった初代・伊達秀宗(だてひでむね)が家老に抜擢した、山家清兵衛(やんべせいべえ=山家公頼)が祭神の神社。承応2年(1653年)、伊達秀宗が創建したも…
愛媛県宇和島市にある擬洋風建築の博物館が宇和島市立歴史資料館。明治17年に宇和島広小路に「宇和島警察署」として建てられたもの。昭和28年には南宇和郡西海町に移築され、西海町役場となりました。庁舎新築を機に、平成4年に宇和…
愛媛県宇和島市、宇和島市街を見下ろす天満山の丸山運動公園にある宇和島市営闘牛場。鎌倉時代から農民の娯楽や強い牛を作ることから自然に始まったとされる宇和島の闘牛(地元では闘牛のことを「突きあい」と称しています)。その闘牛を…
「日本100名城」に選定される宇和島城に現存する藩政時代の遺構は、天守と上り立ち門のみ。上り立ち門は、現在、国道56号に面した城山南側の登城口となっていますが、藩政時代には搦手筋(からめてすじ=裏門側)に位置し、門の前に…