運天港
沖縄県国頭郡今帰仁村(なきじんそん)、屋我地島(やがじしま)との狭い海峡にある港が、運天港(うんてんこう)。中世には北山王(ほくざんおう)の居城・今帰仁城(なきじんじょう)の湊として繁栄。伊是名島・仲田港と結ぶ伊是名村営…
沖縄県国頭郡今帰仁村(なきじんそん)、屋我地島(やがじしま)との狭い海峡にある港が、運天港(うんてんこう)。中世には北山王(ほくざんおう)の居城・今帰仁城(なきじんじょう)の湊として繁栄。伊是名島・仲田港と結ぶ伊是名村営…
沖縄県国頭郡本部町、沖縄本島北部、本部半島・瀬底島の沖合に浮かぶサンゴ礁とイノー(礁池)に囲まれた三日月型の小さな島が、水納島(みんなじま)。島の形がクロワッサンに似ていることから、「クロワッサンアイランド」と呼ばれてい…
福島県大沼郡会津美里町、会津の総鎮守・伊佐須美神社境内・高天原に咲く桜が、神代桜(かみよざくら)。伊佐須美神社では会津五桜に数えられる御神木の薄墨桜(うすずみざくら)が有名ですが、樹齢でいえば300年という神代桜のほうが…
沖縄県国頭郡本部町、沖縄本島北部・本部半島沖に浮かぶ、サンゴ礁に囲まれた小さな島、水納島(みんなじま)。水納島の玄関港となるのが水納港で、沖縄本島・新本部大橋たもとの渡久地港(とぐちこう)から、水納海運の高速船「ニューウ…
福島県大沼郡会津美里町、会津の総鎮守・伊佐須美神社遷座以来の御神木とされるのが、薄墨桜(うすずみざくら)。会津五桜(会津若松市の石部桜、会津美里町の薄墨桜、虎の尾桜、猪苗代町の大鹿桜、会津坂下町の杉の糸桜)にも数えられる…
福島県大沼郡会津美里町、法用寺境内にあるのがオオシマザクラ系サトザクラの巨樹、虎の尾桜。会津五桜(会津若松市の石部桜、会津美里町の薄墨桜、虎の尾桜、猪苗代町の大鹿桜、会津坂下町の杉の糸桜)にも数えられる名木で、法用寺の観…
福島県大沼郡会津美里町、伊佐須美神社近くにある宮川河川敷公園に植栽されたソメイヨシノ500本は、桜の名木の多い会津美里町でも代表的なお花見スポットで、宮川の千本桜として親しまれています。残雪の磐梯山を借景に宮橋と桜並木を…
沖縄県国頭郡本部町、沖縄本島北部・本部半島沖に浮かぶ、サンゴ礁に囲まれた小さな島、水納島(みんなじま)。水納島で、渡久地港(とぐちこう)からの水納海運の高速船「ニューウイングみんなⅡ」が着岸する水納港の西側にある白浜のビ…
福島県大沼郡会津美里町にあるベニヒガンザクラの巨木が、米沢の千歳桜(よねざわのちとせざくら)。推定樹齢樹齢700年以上という老木ですが、今も見事な花を咲かせています。磐梯山を借景に、農地の中に咲くため、被写体としても人気…
福島県大沼郡会津美里町鹿島にある桜の巨木が、古御田神社の種蒔桜(ふるおたじんじゃのたねまきざくら)。樹高11m、幹周り4.4m、枝張り18.5mというエドヒガンザクラで、豊臣秀吉が伊佐須美神社に寄進した御正作田(みしょう…
沖縄県国頭郡本部町谷茶にある港が、渡久地港(とぐちこう)。那覇港、名護港とを結ぶ第一マリンサービスの高速船「ジンベエ・マリン」(直行便で那覇港・泊ふ頭から1時間15分)、水納島(みんなしま)とを結ぶ水納海運の高速船(7….
福島県大沼郡会津美里町、陸奥国二之宮・会津総鎮守・伊佐須美神社(いさすみじんじゃ)の南にあるのが、馬ノ墓の種蒔桜(うまのはかのたねまきざくら)。樹高15m、幹周り6mというベニヒガンザクラの巨木で、推定樹齢は300年です…
沖縄県国頭郡本部町にあるのが、本部港フェリーターミナル。瀬底大橋をくぐって伊江島とを結ぶ伊江村営フェリー、那覇港〜本部港〜鹿児島港を結ぶマルエーフェリー、マリックスラインの8000tクラスの大型フェリーが発着しています。
沖縄県国頭郡伊江村、本部半島の北西9kmの洋上に浮かぶ伊江島の玄関港が、伊江港。複合施設の伊江港ターミナル(伊江島はにくすに)があり、伊江島村営フェリーのチケット売り場のほか、物産センター、郷土資料館、食堂などが備わって…
沖縄県国頭郡伊江村、本部半島の北西9kmの洋上に浮かぶ伊江島のカナン崎展望台近くにあるのが、リリーフィールド公園。4月中旬〜ゴールデンウィーク頃、100万輪というテッポウユリが咲き誇る公園で、開花期には『伊江島ゆり祭り』…
沖縄県国頭郡伊江村、本部半島の北西9kmの洋上に浮かぶ伊江島の西部にある穴場のビーチが、GIビーチ。GI(ジーアイ)とはアメリカ兵のことで、かつて米軍将校の専用ビーチだったことが名の由来です。手つかずの自然と美しい砂浜が…
沖縄県国頭郡伊江村、本部半島の北西9kmの洋上に浮かぶ伊江島の西部、島の北東から南西にかけて縦断しているのが、米軍伊江島補助飛行場滑走路跡地。伊江島には、伊江島空港のほか、跡地を含めて4本の滑走路があり、そのひとつが米軍…
沖縄県国頭郡伊江村(いえそん)、伊江島の市街地にある戦争遺跡が、公益質屋跡。昭和4年12月、世界大恐慌にあえぐ伊江村の財政や村民の生活を救うため、政府の融資を受けて設立された村営の金融機関(質屋)で、沖縄戦の戦火をくぐり…