千葉県千葉市は、中世に桓武平氏の武士である千葉氏の領有する地で、その居城が千葉城ともっともらしい天守がそびえ立つのが、千葉城です。千葉県千葉市中央区亥鼻にある平山城の亥鼻城(いのはなじょう)、通称・千葉城には、千葉常胤(ちばつねたね)騎馬像とともに、立派な天守が建っています。
千葉氏ゆかりの地と喧伝されていますが・・・

千葉常胤は、千葉氏3代当主で、平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての武将。
地方豪族ながら源頼朝の鎌倉幕府の創設に参加、鎌倉幕府御家人まで出世したことで、千葉氏中興の祖と称されています。
石橋山の戦いに敗れ、相模国・真鶴から安房国(現在の南房総)に逃れた源頼朝は、下総国の千葉常胤に援助を求めたとされ、千葉常胤はこれを受け入れています。
さらに鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』によれば、頼朝の忠臣・安達盛長(あだちもりなが)に書状を送り、鎌倉を本拠にするように助言したのは千葉常胤となっているのです。
そんな千葉常胤の騎馬像の背後に建つのが、千葉城の立派な「天守」。
実は「千葉市立郷土博物館」(昭和42年完成、令和7年11月にリニューアルオープン)で、千葉市では「猪鼻城跡の跡地に建つ城郭風外観の博物館」としています。
5階建ての天守風建物で、5階は展望施設となっているほか、開府900年という千葉市の歴史を詳細に紹介するという博物館となっています。
1階ラウンジを経由し、エレベーターで5階へ移動、その後、階段またはエレベーターで4階(原始・古代)、3階(中世)、2階(近世・近現代)へと移動するのが順路で、充実の内容です。
近世的な千葉城は存在しない!

「歴史系博物館としての正当性を十分に確保したうえで、地域資源としての観光的な側面を併せ持ち、本市の過去を検証し未来へ繋げる都市アイデンティティ(千葉市らしさ)溢れる施設を目指します」というのが、「千葉市立郷土博物館の使命(ミッション)」としていますが、実は、亥鼻城(千葉城)、近年の研究では、千葉氏の居城という説も否定されています(原氏が築城したという説が有力)。
しかも近世に千葉城は存在しません。
つまりは千葉常胤の居城でも、近世にそびえる天守があったわけでもないということに。
体験型展示が充実し、楽しみながら学べるようになった「千葉市立郷土博物館」ですが、あくまで「天守閣を模した博物館で史実を反映していない」ことを認識しての入館を。
昭和30年代〜40年代は全国で観光目的に復興天守が建てられた時代で、もともと天守のなかった地にも天守を真似た模擬天守を建てるブームがあったのです。
千葉城もそんな背景で建てられましたが、実際には近世的な城も、ましてや千葉藩も存在しません。
江戸時代、現在の千葉市域は佐倉藩領、生実藩領、幕領(天領)、旗本の知行地などに細分されて支配されていたのです。
| 確実に誤解を生む! まさかの天守閣(4)千葉城|千葉県 | |
| 名称 | 千葉城/ちばじょう |
| 所在地 | 千葉県千葉市中央区亥鼻1-6-1 |
| 電車・バスで | 千葉都市モノレール1号線県庁前駅から徒歩13分、JR本千葉駅から徒歩15分 |
| ドライブで | 京葉道路松ヶ丘ICから約3.3km。または、千葉東金道路千葉東ICから約3.1km |
| 駐車場 | なし/周辺の有料駐車場を利用 |
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