縄文時代のシンボル、土偶とは何なのか!?

土偶

1万年以上前の縄文時代に制作が始まり、2000年前、稲作文化と弥生時代の到来とともに姿を消した土偶。現在まで、国内から2万点近い土偶が出土しています。サイズも2cmほどの手乗りタイプから45cmほどのものまで、バラエティーあふれる土偶、そもそもいったい何なのでしょう。

定住生活で知識を蓄積した縄文人が生み出した芸術品が、土偶

土偶
五能線・木造駅は、亀ヶ岡石器時代遺跡から出土した遮光器土偶がシンボルに

これまでに見つかっているなかで、最大の土偶は山形県最上郡舟形町・西ノ前遺跡出土の「縄文の女神」(国宝)で、像高45cmです。

よく埴輪(はにわ)と混同されますが、埴輪は古墳の段丘(テラス)などに並べられた素焼きで、大きさも1m超のものがあり、時代ははるかに後の古墳時代、邪馬台国(やまたいこく)の時代です。

縄文時代の土偶のかわいらしさにハマる若い女性のことを「縄文女子」と呼びますが、宇宙人、あるいはパイロットを思わせる「遮光器土偶」(青森県つがる市・木造亀ヶ岡出土、東京国立博物館蔵)が「かわいい」とその造形が注目されているのです。
海外でも「縄文―日本における美の誕生」として着目され、縄文時代の美を体現する火焔型土器(国宝)とともに国宝に指定される土偶5体には縄文時代を代表する造形として注目されています。

縄文時代は、世界的な時代区分でいうと、新石器時代(旧石器時代→新石器時代→青銅器時代→鉄器時代)にあたりますが、日本の考古学では、旧石器時代(先土器時代)→縄文時代→(北九州に大陸からの渡来人が大挙流入し終焉)→弥生時代→古墳時代という時代変遷が当てられています。

「北海道・北東北の縄文遺跡群」がユネスコの世界文化遺産に登録されたのも、狩猟採集を基盤としていたにもかかわらず、基本的に定住生活をしていたことが大きな理由です。
つまり、縄文文化は、先史時代の日本列島に形成された狩猟採集民独特の文化ということに(最近の研究によると、縄文文化は日本列島の中のみで自立発展したのではなく、列島外からの様々な影響を受けていたことが判明しています)。

集落を築き始め、信仰をもった縄文人を象徴するの土器と、土偶。
土偶は、耳飾りをしている、妊娠しているなど、基本的には女性をかたどったもので、安産とか子孫繁栄という縄文人の祈り(命を再生させる女性=「再生への祈り」)が込められているというのが通説です。
さらには、故人を象徴する像として「土偶」を作り、死後の世界に持っていくため破壊してから埋めたという説も有力。
妊婦像など女性が多いことは、出産で死亡する女性が多かったということで説明ができるからです。

病気などは悪霊の仕業と考え、「ひとがた」にそれを移そうとしたと考える研究者もいます。

このように土偶が作られた理由に関しては、豊饒の象徴である妊娠女性を表したもの、目に見えない精霊の姿など様々な意見があり、なかでも青森県つがる市の亀ヶ岡石器時代遺跡で出土した縄文時代晩期に制作された遮光器土偶(しゃこうきどぐう)は「宇宙服を着ている土偶」(実際には雪のまぶしさをさけるためのサングラスのようなものをしていると考えられています)として一部には宇宙人来訪説も唱えられるほど。

残念ながら、土偶がなぜ作られたのかは、今も考古学会が抱える大きな謎になっているのです。

いずれにしろ、定住し、イヌとブタも飼育、野菜類の栽培、後には穀類を生産することで、縄文人は社会全体の知識を蓄積、それが複雑な祭祀や儀礼を持つ文化の発達へとつながったと考えられ、そのシンボルともいえるのがこの土偶。
縄文文化と土偶は、知れば知るほど魅力的な存在に違いありません。

合掌土偶
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