経糸(たていと)、緯糸(よこいと)ともに、一本一本手作りした極細の麻糸を使って織り上げる越後上布。その行程で欠かせないのが初春3月頃の安定した気候のもと、少ししまった雪上で行なわれる「雪晒し」(ゆきさらし)です。雪国観光圏と新潟県観光協会の協力で、「雪晒し」を取材しました。
「雪晒し」だけでない、気の遠くなるような越後上布の工程
越後上布のふるさと、塩沢(現・新潟県南魚沼市塩沢)で生まれた江戸時代後期の随筆家・鈴木牧之(すずきぼくし)は、その名著『北越雪譜』(ほくえつせっぷ)のなかで、
「雪中に糸をなし、雪中に織り、雪水に洒ぎ、雪上に曝す。雪ありて縮(ちぢみ)あり。されば越後縮は雪と人と気力相半して名産の名あり」
と記しています。
「雪中に糸をなし」は、農閑期の冬に極細の麻糸を使って織り上げるという最初の工程を表しています。
苧麻(ちょま)と呼ばれるカラムシを数時間清水に浸けて皮をむき、その皮の繊維だけを取り出し、乾燥させ原料の青苧(あおそ)をつくります。
水に浸してやわらかくした青苧を爪で細かく裂き、その糸先をより合わせてつないで、均一の太さの糸を績み上げていきます。
「今では極細の糸を撚りあげる職人さんがもうほとんどいません」(酒井織物・酒井武社長の話)ということで、越後上布は、今や最初の工程から風前の灯の状態。
「雪中に織り」は、酒井織物のような工房で、冬場に熟練の織り子によって織り上げられること。
糸を撚りあげることと同様に、こちらも黙々と糸と機を見つめる気の遠くなるような作業が待ち構えています。
居座機(いざりばた)を使い、シマキと呼ばれる腰当てで張力を加減しながら、織り上げていくのですから、こちらも熟練の技が必要になります。
「雪水に洒ぎ」は、布をやわらかくして布目を詰まらせるための「湯揉み」、「足ぶみ」の工程。
雪で白くなる理由は、実は定かでない!?
最後に待ち受けるのが、南魚沼の春の風物詩「雪晒し」です。
3月頃の雪の上に越後上布を置いて、雪と太陽の力を使い、白く漂白する作業です。
雪がとけるとき、水素イオン(あるいはオゾン)が発生して麻布のような植物性の繊維を漂白する作用があることを、昔の人は知っていたのです。
春先の直射日光、そして雪からの強い反射光の紫外線で、空気中の水蒸気の一部は水素(H)と酸素(O)に解離します。
酸素(O)はより安定なオゾン(O3)へと変化し、オゾンの漂白作用で・・・というのが、目下巷に流布する公式の見解。
ところが、10年ほど前に長岡市の防災科学技術研究所雪氷防災研究センターが行なった実験では、「とくにオゾンが雪面上で多いとの結論を得ることはできませんでした」とのことで、水素イオンによる漂泊という可能性も残されています。
いずれにせよ、麻布を雪に晒すことで、白さが増すという意外な効果があるのを、昔の人は知っていたことになるのです。
その繊細な雪国の伝統と技術はユネスコの無形文化遺産に
「新しく織り上げた越後上布だけでなく、現在使われている上布を雪に晒すことも多いんです。そうすることで、染料の色が鮮やかになり、黄ばみが落ちて鮮やかな白が蘇ります」と、今回、雪晒しの取材を引き受けていただいた中田屋織物の中島清志さんの話。
着物が汚れたら、反物に戻して、雪にさらして修復。
これを「越後上布の里帰り」(中島清志さん)と呼ぶんだそうな。
こんなに素敵な越後上布ですが、実は、今や風前の灯。
「薄くて上質の布(上布)を織り上げるには、細く裂いた上質の糸が必要となります。糸が細くなればなるほどすべての工程に、熟達した技が必要になることから、今では幻の織物になりつつあります」(酒井織物の酒井武さん)。
ちなみに、1反編むのに最低でも3ヶ月はかかるんだとか!
1000万ともいわれる市販価格は、こうした手間ひま、熟練作業なら当然なのかもしれません。
天平3年(731年)に越後国から税の一部として都に上納され、正倉院に現存する「越布」(越後上布)。
1200年以上の人々の長い営みを経て、2009年には、ユネスコの無形文化遺産保護条約「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」にも登録されています。
2 絣模様をつける場合は手括りによる事
3 居座機で織る事
4 皺(シボ)取りをする場合は湯揉み、足踏による事
5 さらしは雪晒しによる事
取材協力/中田屋織物、酒井織物、新潟県観光協会、雪国観光圏
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