東林寺

東林寺

福岡県福岡市博多区、JR博多駅から徒歩5分という博多駅前に建つ曹洞宗の禅刹、東林寺(とうりんじ)。元禄9年(1696年)、福岡藩3代藩主・黒田光之(くろだみつゆき)の重臣で茶人としても名高い立花実山(たちばなじつざん)の建立で、卍山道白(まんざんどうはく)の開山。

茶人として名高い立花実山が、卍山道白を呼んで開山

開山は加賀国・東香山大乘寺(現・石川県金沢市長坂町)の卍山道白(まんざんどうはく)。
卍山道白は、宗祖・道元が起こした曹洞宗の宗統復古に力を尽くした人物で(晩年に自ら復古道人と号しています)、元禄7年(1694年)には京の源光庵(悟りの窓、迷いの窓で有名)を再興しています。
東林寺創建は、その2年後ということに。

寺宝として博多での卍山道白と地元の人達の交流が記された『卍山道白禅師 東林語録』も残されています。
卍山道白が東林寺に在住の折の法語、普説や堂、庵、寺記に、京・洛北の源光庵から博多に至るまでの紀行文を加え、元禄12年(1699年)と宝永7年(1710年)に刊行された語録(江戸時代の前期は、禅宗における中国からの新たな思潮の流入期で、黄檗関係を中心に多くの語録が刊行されています)。
卍山道白は、東林寺を建立しただけでなく、北部九州なども歴訪し、その際の詩文も多く残しています。

卍山道白を京から呼び寄せた立花実山は禅に通じるほか、和歌や書画、茶の湯にも精通する才人。
千利休のわび茶についてまとめた『南方録』の編著者でもあり、織部流を基本とし、道安流と遠州流を加え、茶道の一派「南坊流(南方流)」を興しています。

東林寺で出家し、住吉村の松月庵に閑居していますが、黒田家のお家騒動「綱之騒動」(3代藩主・黒田光之の長男・黒田綱之を乱行を理由に廃嫡・蟄居、立花実山らの家臣が反対)に巻き込まれ、第4代藩主・黒田綱政(くろだつなまさ)により幽閉、死罪と非業の死を遂げています。
嘉麻郡鯰田村に幽閉中に日記『梵字艸』(ぼんじそう)3巻、『瑞鳳山東林寺後々之記』を残しています。
没後40年、6代藩主・黒田継高(くろだつぐたか)により東林寺に改葬。

例年3月には南坊流によるお茶会『南坊忌茶会』、庭園の紅葉が美しい11月には『実山忌茶会』を開催。

東林寺
名称 東林寺/とうりんじ
所在地 福岡県福岡市東区馬出5-36-35
関連HP 福岡市公式ホームページ
電車・バスで JR博多駅から徒歩7分
駐車場 10台/無料
問い合わせ 東林寺 TEL:092-651-5133/FAX:092-651-5141
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
源光庵

源光庵

京都市北区鷹峯(たかがみね)にある、室町時代創建の曹洞宗の寺、源光庵(げんこうあん)。正式名は、鷹峰山寶樹林源光庵で、本尊は釈迦如来。本堂にある2つの窓が特徴的で、ひとつは「悟りの窓」、もう一方は「迷いの窓」と呼ばれ、哲学的なふたつの窓は被

 

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