祇園山古墳

祇園山古墳

福岡県久留米市御井町にある古墳が、祇園山古墳(ぎおんやまこふん)。高良山(こうらさん)から派生する尾根上、筑後平野を一望にする宝山から赤黒山に築かれた東西23.7m、南北22.9m、高さ6mの方墳で、卑弥呼が活躍した3世紀中頃(古墳時代草創期)の築造と推測されています(福岡県の史跡)。

地元では卑弥呼の墓だともいう3世紀中頃の方墳

九州縦貫自動車道路(九州自動車道)建設に先立ち、昭和41年に行なわれた調査で発見された古墳で、本格的な調査により、筑後地区最古の畿内型古墳であることが判明。
保存の声の高まりを受け、道路公団は擁壁を建設し、墳丘の8割が保存されています。

墳丘は2段で、斜面には葺石が配されていたことがわかっています。
埋葬施設は、巨大な箱式石棺が頂上部に。
高良大社(こうらたいしゃ)には祇園山古墳から出土したと伝わる「三角縁神獣鏡」があり、地元では3世紀中頃(西暦250年前後)に没した卑弥呼の墓ではないかという説もあります。
「卑弥呼の墓」は「径100歩」と記録されているから直径25m前後で、祇園山古墳に一致します。
『魏志倭人伝』には、「卑弥呼以死 大作冢 徑百餘歩 狥葬者奴碑百餘人」と、邪馬台国の卑弥呼が死去し塚を築いた際に100余人の奴婢が殉葬されたと記されていますが、祇園山古墳一帯にも、甕棺墓3基、石蓋土壙墓32基、箱式石棺7基、竪穴式石室13基、その他7基の埋葬施設が確認されているので、卑弥呼の墓ではないかと考える人もいるのです。

奈良県桜井市にある箸墓古墳も卑弥呼の墓説がありますが、没後30年を経て築造されたことになり、年代が不一致です。
今も謎に包まれる、邪馬台国の場所(九州説、畿内説)、卑弥呼の墓ですが、地元久留米では、この祇園山古墳が卑弥呼の墓で、邪馬台国・久留米説を唱える人もいて、今後の解明が待たれるところ。

祇園山古墳
名称 祇園山古墳/ぎおんやまこふん
所在地 福岡県久留米市御井町2469
電車・バスで JR久留米大学前駅から徒歩30分
ドライブで 九州自動車道久留米ICから約2km
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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