諸寄港

諸寄港

兵庫県美方郡新温泉町にある、北前船の寄港地として栄えた港が諸寄港(もろよせこう)。日和山、為世永神社(いよながじんじゃ)、為世永神社船絵馬龍満寺、東藤田家、中藤田家、道盛家、北前船係留杭跡などは日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」の構成資産になっています。

為世永神社には諸国の廻船問屋が奉納した灯籠や船絵馬も

諸寄港

北前船の風待ち、潮待ちの湊として栄えた諸寄港。
諸寄港の片隅にある恵比寿神社周辺の海岸の岩には穴の空いた岩が数ありますが、これが、北前船を係船した杭の跡(北前船係留杭跡)です。
諸寄とはもともとは諸磯だったのが、諸国の産物や人が集まることから、諸寄(もろよせ)と呼ばれるようになったのだとか。

為世永神社は海岸から112段の石段を上がった先に社殿があり、全国の船主たちが寄進した石灯籠や狛犬などがあります。
これはおもに北前船で運ばれてきた出雲石製。
遠くは、大坂(大阪府)、陸奥(青森県)、讃州(香川県)というものも。

石灯籠の一つに、「明治十八年六月吉日 越後直江津 信濃屋増五郎」と記されたものがあり、江戸時代の直江津では大肝煎・大年寄だった信濃屋増五郎が明治時代に奉納したものだとわかります。

また、為世永神社に船主が奉納した船絵馬も、北前船の貴重な文化遺産で、天保11年(1840年)の『金毘羅丸・神徳丸図』、万延2年(1861年)の『幸神丸図』など5枚の船絵馬が現存しています(八坂神社社務所に保管)。

毎年7月に行なわれ為世永神社例祭も日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」の構成文化財になっています。

明治時代まで、日本海の物流は太平洋側をしのぎ、廻船問屋「東藤田邸母屋」などにもその繁栄ぶりを偲ぶことができます。

諸寄港・為世永神社船絵馬『幸神丸図』
為世永神社船絵馬『幸神丸図』
諸寄港
名称 諸寄港/もろよせこう
所在地 兵庫県美方郡新温泉町
電車・バスで JR諸寄駅から徒歩5分
ドライブで 播但連絡道路和田山ICから約66km
駐車場 あり
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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