関宿水閘門(関宿水門・関宿閘門)

関宿水閘門(関宿水門・関宿閘門)

茨城県猿島郡五霞町(ごかまち)にある利根川から江戸川へ入る水量を調整する関宿水門(せきやどすいもん)、そして船の運航のために水位を調整する関宿閘門(せきやどこうもん)の総称が関宿水閘門。利根川改修事業のシンボル的存在で、土木学会推奨土木遺産にも選定されています。

江戸川源頭部の関宿水門は今も現役で稼働

関宿水閘門が築かれる以前の江戸川源頭部には、文政5年(1822年)頃、利根川からの流入を減じるために「棒出し」(ぼうだし)と呼ばれる突堤が築かれ、同時に船の航行を監視する関所も棒出しの上に移されています。

「棒出し」は、両岸から突き出した堤を築くことで人工的に川幅を狭め、流水を逆川に押し上げ利根川に流入させることで、権現堂川から江戸川に流入する水量を減らす仕組み(棒出しは、昭和4年に撤去)。

明治44年、江戸川改修工事(江戸川放水路開削工事、河道拡幅工事、江戸川流頭部の付け替え工事)にあわせて、関宿水門と関宿閘門の建設が計画され、大正7年着工、昭和2年3月31日に完成。

レンガ造りから、コンクリート造りへの過渡期にあたるため、コンクリート造りがメインでレンガが併用されています(隅石などには花崗岩の石張りが施され、外見はレンガ造りの水門様式です)。

水流を制御するための水門は、スートーニー式鋼製ゲート(幅8.54m、扉高4.7m)が8門あり、往時は蒸気エンジン、さらにディーゼルエンジン、現在は電気で駆動しています。
上流側から見て右側に配された船が通過する閘門は、幅12m、長さ143mで、水路の両端に幅4.92m、扉高8.54mの閘門扉(こうもんぴ=ゲート)が備えられています。
垂直方向に回転軸があるマイターゲート式(マイター=合掌)で、2門を手動で開閉していました。

閘門扉は今は開いた状態で維持され、カヌーなどの閘門部を通過する仕組み(水門部は流速が早く危険なため通行できません)。

歩行者のみ水門の上を通って対岸に整備された中の島公園に渡ることができます。
また、関宿水閘門自体は茨城県五霞町ですが、隣接する千葉県野田市関宿三軒家には、江戸川、利根川の舟運や、河川改良事業を紹介する「千葉県立関宿城博物館」があります。

トイレ、駐車場は、「情報・防災ステーションごか」の利用を。

関宿水閘門(関宿水門・関宿閘門)
関宿閘門に備わる幅12m、長さ143mの水路
関宿水閘門(関宿水門・関宿閘門)
名称 関宿水閘門(関宿水門・関宿閘門)/せきやどすいこうもん(せきやどすいもん・せきやどこうもん)
所在地 茨城県猿島郡五霞町山王1265-1
関連HP 五霞町公式ホームページ
電車・バスで 東武川間駅から朝日バス境町行きで32分、関宿城博物館下車、徒歩9分
ドライブで 圏央道五霞ICから約4.5km
駐車場 情報・防災ステーションごか駐車場を利用
問い合わせ 国土交通省江戸川河川事務所江戸川上流出張所 TEL:048-746-0063
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
千葉県立関宿城博物館

千葉県立関宿城博物館

千葉県野田市関宿三軒家、関宿城(せきやどじょう)本丸跡の北東500mのスーパー堤防上に建つ利根川・江戸川の舟運で栄えた関宿や、関宿城の歴史を解説する県立の博物館が、千葉県立関宿城博物館。関宿は、利根川舟運を掌握する重要拠点だった地で、利根川

旧総武鉄道江戸川橋梁(中の島公園)

旧総武鉄道江戸川橋梁(中の島公園)

茨城県猿島郡五霞町(ごかまち)、江戸川源頭部に位置する中の島公園に移設された鉄橋が旧総武鉄道江戸川橋梁。明治40年に総武鉄道(明治40年、国有化で総武本線に)が江戸川に架橋した3連の100フィートポニー型ワーレントラス橋で、3連のうちひとつ

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

ABOUTこの記事をかいた人。

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

関連記事

よく読まれている記事

こちらもどうぞ