石部神社

石部神社

石川県小松市古府町にある古社が石部神社(いそべじんじゃ)。律令時代に、国司が国内にある神社を巡拝する慣習を簡略化するため、国庁近くに建立した総社(国内の各社の祭神を合祀)、つまりは国庁の南に創建された加賀国の総社(当初の名は府南社=ふなみしゃ)と推測されています。

国司館近くにあった加賀国総社と推測される古社

総社なので、加賀国内のすべての祭神が合祀されていたはずですが、現在の祭神は櫛日方別命。
平安時代編纂の『延喜式神名帳』には「加賀国能美郡 石部神社」と記されています。
『加賀國式内等舊記』などには大物主神(おおものぬしのかみ)と記されています。

慶長5年(1600年)には、小松城主・丹羽長重(にわながしげ=徳川家康から前田利長監視の密命を受けていました)が社殿の改築を行ない、江戸時代には歴代加賀藩藩主・前田家の庇護を受けていました。

国司が派遣される役所が国府(国衙と宿舎兵舎などの諸施設を含めた行政機関の集まった場所)で、その中枢となるのが国庁ですが、その場所があったのが小松市古府町だと推測されていますが、国庁の遺構は見つかっていません(昭和の中期に耕地整理が進められたため、遺構の発見は困難)。
石部神社(府南社)が建つ近くに、館(たち)という小字があるので、この館地区に国司の居館があったと推測され、石部神社の旧称が府南社なので、国庁は石部神社の北にあったということに。

石部神社の参道脇に何気なく置かれている石も、昭和初期に十九堂山(十九堂山遺跡)が整地される際、加賀国分寺跡の礎石を運んだものといわれています。

また、小松市の立明寺町では7世紀後半(白鳳時代)の窯の跡が見つかっており、国府や国分寺で使う瓦や土器を焼成したと推測されます。
弘仁14年(823)、越前国から分かれて加賀国が生まれたため、令和5年は加賀国が誕生して1200年という大きな節目です。

ちなみに加賀国の一之宮は白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ/白山市)、二之宮は菅生石部神社(すごういそべじんじゃ/加賀市)です。

石部神社
名称 石部神社/いそべじんじゃ
所在地 石川県小松市古府町169
ドライブで 北陸自動車道小松ICから約8km
問い合わせ 多太神社 TEL:0761-22-4089
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
菅生石部神社

菅生石部神社

石川県加賀市大聖寺にある古社が菅生石部神社(すごういそべじんじゃ)。古来、朝廷の崇拝を受け、平安時代編纂の『延喜式神名帳』にも加賀国(かがのくに)二之宮に列せられて記載される式内社。流行病(はやりやまい)に御利益があると有名で、近世には大聖

白山比咩神社

白山比咩神社

石川県白山市にある加賀国一之宮が白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)。はるか神代の時代から霊峰白山をご神体とし、白山比咩大神(しらやまひめのおおかみ=菊理媛神・くくりひめのかみ)、伊弉諾神(いざなぎのかみ)、伊弉冉神(いざなみのかみ)の3柱

 

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