徳玄寺

徳玄寺

岩手県盛岡市名須川町にある真宗大谷派の寺、徳玄寺。もともと五戸(ごのへ=現・青森県五戸町)にあった寺で、藩主・南部氏が三戸(さんのへ)から盛岡に移るときに盛岡・北山寺院群に移っています。寺紋が藩主・南部氏と同じ「対い鶴に九曜」なのも南部藩との強い結びつきを示しています。宮沢賢治が下宿した寺としても有名です。

本堂の一室に宮沢賢治が下宿

岩手県立盛岡中学校(現・盛岡第一高等学校)の生徒だった宮沢賢治は、寄宿舎「自彊寮」(じきょうりょう)の新舎監排訴の動きにより退寮となった際(4年生の時)、いったん同じ北山寺院群の清養院(曹洞宗)に身を寄せましたが、大正2年5月から卒業までは、この徳玄寺に下宿をしていました。
下宿部屋は本堂にありますが、今もその襖一枚しか隔てるものがない下宿部屋が残されています(見学希望の場合には事前の連絡が必要)。
宮沢賢治は、住職が勤める読経を毎日聞き、仏教と密接にふれあったのです。
短編『疑獄元兇』(ぎごくげんきょう)には、「建仁寺、いや、徳玄寺、いけない、さうだ清源寺!」とさり気なく、下宿先の寺名が織り込まれています。

北の寺町・名須川地区の北山寺院群の一角にあり、散策の場合は盛岡城から徒歩20分。
三ッ石神社から徒歩5分。

名称 徳玄寺/とくげんじ
所在地 岩手県盛岡市名須川町15-8
関連HP 徳玄寺公式ホームページ
電車・バスで JR上盛岡駅から徒歩8分。または、JR盛岡駅から徒歩25分
ドライブで 東北自動車道盛岡ICから約6.5km
駐車場 10台/無料
問い合わせ TEL:019-622-8249/FAX:019-613-3374
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
北山寺院群・寺町通り(盛岡市)

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報恩寺

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