岬の分教場

二十四の瞳映画村・岬の分教場

壺井栄の小説『二十四の瞳』の舞台となった小豆島。田の浦岬に建つ「岬の分教場」(香川県小豆島町田浦)は、モデルとなった場所のひとつで、明治35年、田浦尋常小学校として建てられた木造校舎が現存。昭和46年に廃校になるまで、苗羽小学校田浦分校として使われており、二十四の瞳映画村の分館として当時の机や椅子、オルガンなどが残されています。

木下惠介監督の『二十四の瞳』ロケ地

二十四の瞳映画村・岬の分教場

昭和27年に発表された壺井栄の小説『二十四の瞳』(にじゅうしのひとみ)。
昭和29年9月15日に木下惠介監督・脚本、高峰秀子主演で映画化され(松竹大船撮影所製作)、一躍小豆島の「岬の分教場」が有名になりました。

映画公開の前年昭和28年春から公開された昭和29年春にかけて、ロケ地となったのが苗羽小学校田浦分校(岬の分教場)だったのです。
実は、壺井栄の原作では、舞台は「瀬戸内海べりの一寒村」としか記されていませんが、壺井栄(醤油樽職人の岩井藤吉の五女)の故郷が香川県小豆郡坂手村(現在の小豆島町)であることから、木下恵介監督が物語の舞台を小豆島の「岬の分教場」に設定したのです。
そのため、現在では、『二十四の瞳』といえば小豆島といわれるまでに、イメージが定着しています。

岬の分教場と通称されるのは、明治35年に田浦尋常小学校として開校、明治43年から苗羽小学校田浦分校となり、昭和46年に廃校になった学校建築。
木造平屋の建物には3つの教室と教員室があり、廃校当時のままに保存されています。
校庭には公民館落成・北線道路開通の記念碑もありますが、昭和33年に臨海道路が開通するまでは陸の孤島で、田浦分校に赴任する教師も船でやってきたという話が残されています。

岬の分教場の教室内には当時のままの机やオルガン、子どもたちの作品などを展示保存し、往時の学校の雰囲気を満喫できます。

昭和62年の朝間義隆監督のリメイク作品(主演・田中裕子)では、岬の分教場の南600mほどのところに、わざわざセットを作って制作しています。
このオープンセットを再生させたのが二十四の瞳映画村で、春・夏・秋の期間限定で、岬の分教場と二十四の瞳映画村の間に無料ボンネットバスが運行。

入場は、単独券のほか、二十四の瞳映画村とのセット券も用意されています。

二十四の瞳映画村・岬の分教場
二十四の瞳映画村と岬の分教場を結ぶボンネットバス
名称 岬の分教場/みさきのぶんきょうじょう
場所 香川県小豆郡小豆島町田浦甲977-1
関連HP 小豆島観光協会公式ホームページ
ドライブで 坂手港から約6km、草壁港から約9km
駐車場 20台/無料
問い合わせ TEL:0879-82-5711/FAX:0879-82-1824
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
二十四の瞳映画村

二十四の瞳映画村

壺井栄の小説『二十四の瞳』の舞台となった小豆島で、昭和62年、田中裕子主演で再映画化された際に作られたオープンセットをそのまま保存した施設が小豆島町田浦地区にある二十四の瞳映画村。現在はテーマパークとして、約1万平方メートルの敷地に残るオー

 

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