駅そばのルーツは、なんと軽井沢駅に!

軽井沢駅・駅そば

立ち食いそばのルーツを辿ると、江戸の夜鳴きそばなどにたどり着くといわれますが、駅の待合室でそばを売る「待合いそば」が誕生したのは、明治39年頃のこと。信越本線の軽井沢駅、そして函館本線の長万部駅、森駅に登場したのが始まりで、これが駅そばのルーツということに。

機関車の付け替え作業時間に「そば1杯」

軽井沢駅・駅そば
「おぎのや軽井沢駅売店 しなのそば売店」の駅そば

熟年の旅好き、鉄道好きならご存知の人も多いかと思いますが、信越本線の碓氷峠越えは、最大66.7‰(パーミル=1000mの距離に対する高度差)という急勾配で、電車特急「あさま」の時代にも、電気機関車がプッシュして山岳路線の急勾配を克服していました。

その山岳路線の入口となる横川駅(388m)と軽井沢駅(940.5m)では、機関車の付替作業などが行なわれるため、停車時間に「そば1杯」なんてことも可能でした。
横川駅のホームでは名物の「峠の釜めし」だけでなく、なめこ汁なども売られていました。

軽井沢駅で「駅そば発祥の地」の看板を掲げ、今も駅そばを売る構内そば店が、「おぎのや軽井沢駅売店 しなのそば売店」。
名物の「峠の釜めし」を販売する横に、立ち食いのそばコーナーが用意されています。
駅そばといえど、当然、うどんもあり、かけそば・うどんのほか、天ぷら、山菜、玉子、天玉が用意されています。

注文後に茹でる生麺と、出汁(だし)とかえしを別々に用意したつゆという明治18年創業の老舗「おぎのや」らしいこだわり。

駅そばのルーツは、明治30年、東北本線一ノ関駅で「斎藤松月堂」が売り始めたのがルーツともいわれますが、現在は販売がないため、軽井沢駅がルーツということになりますが、「おぎのや」の軽井沢駅出店は昭和55年なので、明治時代のそば店とは異なる経営です。

軽井沢駅で駅前旅館と駅弁などの構内営業を営んでいたのは中山道・追分宿の脇本陣だった「油屋」で、明治22年に軽井沢駅前に店を開いています(追分に夏期臨時停車場ができるのは明治42年です)。
この油屋が信濃追分での旅館も廃業し、軽井沢駅での駅弁も「おぎのや」に引き継がれたのです。

ちなみに、明治33年7月に、横川駅〜丸山信号所間の複線工事が完成、運転本数も増加したことで、軽井沢駅も人が急増、三笠ホテルも明治39年、駅そば誕生の年に開業しています(明治30年代には「萬平ホテル」、「軽井沢ホテル」など洋風ホテルが続々と誕生)。

峠の釜めし
売店では「おぎのや」名物「峠の釜めし」も販売
駅そばのルーツは、なんと軽井沢駅に!
所在地 長野県北佐久郡軽井沢町1178
場所 おぎのや軽井沢駅売店
関連HP 荻野屋公式ホームページ
電車・バスで JR軽井沢駅内
問い合わせ おぎのや軽井沢駅売店 TEL:0267-42-8048/FAX:0267-42-0816
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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