名古屋城「金シャチ横丁」が訪日外国人観光客に大人気!

金シャチ横丁

東海地方で、レトロな町並みを再現した場所としては、伊勢の「おかげ横丁」が人気ですが、近年、訪日外国人観光客が急増しているのが、愛知県名古屋市中区、名古屋城二の丸・三の丸エリアにある「金シャチ横丁」です。正門エリア「義直ゾーン」と「宗春ゾーン」の2エリアがあります。

特別史跡「名古屋城」内にある飲食・買い物ゾーン

金シャチ横丁

2024年度の名古屋城の入場者数は223万人と過去2番目に多い数字。
天守自体は設備の老朽化や耐震性の確保などの問題に対応するため、現在閉館中。
再建された本丸御殿、天守木造復元に必要な実験等を実施するために制作された「実物大階段模型」が展示される階段体験館(ステップなごや)、西の丸御蔵城宝館などが見学スポットとなっています。

近年、「名古屋城目当てで来たけど、金シャチ横丁が楽しかった」という人が多く、口コミやSNSで話題となり、訪日外国人客も急増しているのです。
城が目当てという訪日外国人観光客は、名古屋城と犬山城をセットで楽しむ人も多く、戦後のコンクリート製復興天守ながら、巨大な天守があるのはやはりインパクトが大ということに。

「義直ゾーン」は、、徳川家康が清州から城下町を移転し天下普請(てんかぶしん)で巨大な名古屋城を築いた当初の尾張徳川家の初代藩主・徳川義直(とくがわよしなお/家康の九男)の名を冠したゾーン。
「伝統・正統」がコンセプトで、建物は江戸時代の商家を思わせる木造純和風建築。
これが被写体にも絶好と人気が高く、「名古屋めし」と呼ばれる名古屋独自の食文化の名店や地元の伝統ある老舗飲食店が並んでいるので、インパクトも大。
「名古屋城金シャチ横丁グッズ」などは訪日外国人観光客の狙い目となっています。

「宗春ゾーン」は、第7代藩主・徳川宗春(とくがわむねはる)の名を冠したゾーン。
8代将軍・徳川吉宗が享保の改革で倹約をする中、名古屋城下では宗春が規制緩和、開放的な政策をとったため、全国から商人や職人、演劇関係者なども集まり、賑わいを見せたのです。
トヨタなどにつながる愛知の手仕事の原点ともいわれ、その繁栄ぶりは「名古屋の繁華に京(興)がさめた」といわれるほどでした。

こうした宗春の治世を反映して、「宗春ゾーン」は、「新風・変化」がコンセプト。
建物はガラス面を大きく装った明るいモダン和風建築で、創作性の高い料理を食べられる店舗が並んでいるのです。

江戸時代の名古屋城下の繁栄を今に伝えるような横丁ということで、店によっては来店者の過半数が訪日外国人観光客という店も数多いのです。

名古屋城「金シャチ横丁」が訪日外国人観光客に大人気!
名称金シャチ横丁/きんしゃちよこちょう
所在地愛知県名古屋市中区三の丸1-2‐3~5・二の丸1-2・3
関連HP金シャチ横丁公式ホームページ
電車・バスで地下鉄名城線名古屋城駅から徒歩8分で義直ゾーン、徒歩すぐ宗春ゾーン
駐車場正門前駐車場(319台/有料)、二之丸東駐車場(202台/有料)
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

名古屋城

1612(慶長17)年築城の名古屋城は、明治時代まで約250年間、徳川御三家の筆頭尾張家の居城。現在、名古屋城の城跡は名城公園として整備されています。金の鯱(しゃちほこ)で知られる大天守閣は戦災で焼失し、昭和34年に再建されたもの。江戸城、

史上最大規模、もっとも豪華で頑強だった天守は、名古屋城!?

日本最大規模で、かつもっとも贅を尽くした豪華な天守はどこだったのでしょう。将軍の居城だった江戸城、豊臣秀吉時代の大坂城、あるいは徳川幕府が再建した大坂城でしょうか。答えは名古屋城です。しかも名古屋城の天守は戦災で焼失するまで現存していました

よく読まれている記事

こちらもどうぞ