熱田神宮・佐久間灯籠

熱田神宮・佐久間灯籠

愛知県名古屋市熱田区の熱田神宮の境内にある大灯籠が佐久間灯籠。寛永7年(1630年)、佐久間勝之は海難にあい、熱田神宮に祈ったところその加護によって救われたことに感謝して寄進したものと伝えられ、同じ佐久間勝之(さくまかつゆき)寄進の南禅寺、上野東照宮とともに日本三大灯籠にも数えられています。

佐久間勝之が熱田神宮に寄進した巨大な灯籠

佐久間灯籠が立つのは、正参道と東参道の交差するところで、小豆島産の花崗岩でできた高さ7.45mの巨大な灯籠です。
この灯籠を作ったのは大坂の石工で、九右衛門、太郎助、彦作の3人です。

佐久間勝之は、尾張国御器所(ごきそ=現・名古屋市昭和区御器所)に御器所城の城主・佐久間盛次の四男。
つまりは佐久間盛次も熱田神宮に近い御器所生まれとも推測でき、熱田神宮はゆかりの社だったと推測できます。

佐久間勝之は、寛永5年(1628年)、京・南禅寺の三門が、藤堂高虎の寄進により大坂夏の陣の鎮魂の意を込めて再建された際、大鳥居を奉納しているので、それに続いた寄進(寛永七年五月吉日の銘が入っています)。

熱田神宮は、熱田台地の南端に鎮座するため、地震による津波、浸水被害はありませんでしたが、宝永4年(1707年)の宝永地震、嘉永7年(1854年)の安政東海・南海地震、そして明治24年の濃尾地震と過去3度にわたって倒壊。
大破することもなく、見事に復元されています。

熱田神宮には織田信長が、桶狭間の戦い(おけはざまのたたかい)に際して、戦場祈願をし、見事に今川義元を討ち果たしたお礼に寄進した信長塀もあり、こちらは日本三大土塀に数えられています。

熱田神宮・佐久間灯籠
名称 熱田神宮・佐久間灯籠/あつたじんぐう・さくまとうろう
所在地 愛知県名古屋市熱田区神宮1-1-1
関連HP 熱田神宮公式ホームページ
電車・バスで 地下鉄名城線神宮西駅から徒歩7分
ドライブで 名古屋高速大高線堀田ランプから北へ500mの牛巻交差点を左折、500m走った先を左折で神宮東門
駐車場 400台(東門駐車場300台・西門駐車場40台・南門駐車場60台)/無料、12月31日~1月5日、6月5日は駐車場利用不可
問い合わせ 熱田神宮 TEL:052-671-4151
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
信長塀

熱田神宮・信長塀

織田信長は、永禄3年5月19日(1560年6月12日)、今川義元迎撃に桶狭間の戦い(おけはざまのたたかい)出陣の際、熱田神宮に必勝祈願をしますが、見事に義元を討ち果たし歴史的な勝利を収めたため、そのお礼として築地塀(ついじべい)を奉納してい

熱田神宮

伊勢神宮に次ぐ社格の大宮で、三種の神器(さんしゅのじんぎ)のひとつ、草薙御劔(草薙神剣=くさなぎのみつるぎ)を祀っている名古屋の古社。総面積19万haの敷地内には、空海(弘法大師)の手植えと伝わる樹齢1000年の市内最大の楠木など巨木が茂り

日本三大灯籠

日本三大灯籠とは!?

日本三大灯籠といわれる巨大な灯籠は、すべて佐久間灯籠(さくまどうろう)と呼ばれるもので、佐久間勝之(さくまかつゆき)が、大坂夏の陣の鎮魂を込めて南禅寺(京都)に、自身の難破を祈願した故郷の熱田神宮(名古屋)に、そして東照大権現(徳川家康)を

 

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日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

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