立田自然公園・宮本武蔵供養塔

立田自然公園・宮本武蔵供養塔

熊本県熊本市にある宮本武蔵の葬儀が行なわれた泰勝寺(たいしょうじ)の跡、立田自然公園にあるのが宮本武蔵供養塔。熊本藩主・細川忠利(ほそかわただとし)に招かれ晩年を肥後(熊本)で過ごした宮本武蔵は、正保2年(1645年)に亡くなり、藩主細川家の菩提寺であった泰勝寺で葬儀が行なわれています。

宮本武蔵の葬儀が行なわれた泰勝寺の跡

宮本武蔵の墓は武蔵の遺言で弓削の大津街道沿い(現在の武蔵塚公園の武蔵塚)に造られましたが、泰勝寺跡は現在、立田山自然公園になり園内には宮本武蔵供養塔が立てられています。
肥後熊本藩主・細川家の菩提寺、龍田山泰勝寺は、明治の神仏分離、廃仏毀釈の荒波で廃寺に。
その後、細川家立田別邸となり、熊本市が細川家から別邸の庭園部分を借り受け、立田自然公園として公開しています。

宮本武蔵供養塔といわれる五輪塔は、鎌倉から室町時代の五輪塔を転用、再生したもの。
禅の道を通じ武蔵と親しかった春山和尚(泰勝寺開山・の大淵玄弘の弟子)の墓もすぐ隣にあります。
また、武蔵が死んだ時、春山和尚(もしくは大淵玄弘)に成仏するよう引導を渡してもらったという「武蔵の引導石」が立田自然公園入口(熊本市中央区黒髪4-9‐17)に残されています。

名称 立田自然公園・宮本武蔵供養塔/たつたしぜんこうえん・みやもともむさしくようとう
所在地 熊本県熊本市中央区黒髪4-610
関連HP 熊本市公式ホームページ
電車・バスで JR熊本駅からタクシーで25分
ドライブで 九州自動車道熊本ICから約7km
駐車場 10台/無料
問い合わせ TEL:096-344-6753
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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