もともとは亀山天皇(かめやまてんのう)が文永元年(1264年)に造営した離宮・禅林寺殿(ぜんりんじどの)があった地。仏門に入り法皇となった亀山法皇は正応4年(1291年)、無関普門(むかんふもん=大明国師)に禅林寺殿を下賜し、龍安山禅林禅寺と改めました。これが日本最初の勅願禅寺である臨済宗南禅寺派大本山、南禅寺です。
京都五山、さらには鎌倉五山の上の別格という格式誇る禅寺
永仁7年(1299年)頃に寺観が整い、正安年間(1299年〜1302年)に龍安山禅林禅寺を太平興国南禅禅寺という寺号に改めています。
建武元年(1334年)、後醍醐天皇は南禅寺を五山の第一としますが、至徳3年(1385年)、足利義満は自らの建立した相国寺を五山の第一とするために京都五山、さらには鎌倉五山の上の別格と定め、日本の禅寺のなかで最も高い格式となりました。
室町時代は隆盛を極めますが、応仁の乱で堂宇は焼失、戦国時代には復興することができませんでした。
その後、慶長10年(1605年)、徳川家康に仕え、黒衣の宰相といわれた以心崇伝(いしんすうでん=南禅寺金地院に住したため、金地院崇伝とも)が南禅寺に入り、見事に復興されています。
境内には総門、勅使門、三門、法堂、方丈の伽藍が一直線に並び、12の塔頭(たっちゅう)が脇に立ち並ぶ見事な造り。
方丈は、御所の建物を下賜されたもので国宝。
方丈前の枯山水庭園は小堀遠州作の名庭で、通称「虎の子渡しの庭」。
三門周辺は時代劇のロケ地にもなっている!
南禅寺の三門は1628(寛永5)年の建立。
五門三戸二階二重門、左右に山廊をもつ禅宗らしい唐様の雄大な構えで、寛永18年(1641年)に御所の日ノ御門を移築した桧皮葺き(ひわだぶき)の勅使門(ちょくしもん)と同様に重要文化財に指定されています。
南禅寺の三門は、知恩院・三門、東本願寺・御影堂門とともに、京都三大門の一つ。
石川五右衛門の「絶景かな」のせりふで知られるのは、この三門(並木五瓶作『楼門五三桐』(さんもんごさんのきり)の名場面ですが、あくまで歌舞伎のなかの出来事。
実際の五右衛門はほとんど史実の裏付けのない伝説の人物で、実は三門の完成も五右衛門の死後のこと。
高さ22mの三門は急な階段を上って登楼することができ、楼上から京都の町並みを一望にします。
また山門周辺は『鬼平犯科帳』、『暴れん坊将軍』、『必殺仕事人』、『雲霧仁左衛門』など時代劇のロケに使われる場所。
山門脇に僧堂坂と呼ばれる坂がありますが、これは非公開の僧堂(専門道場)脇の坂道で、土塀の雰囲気がまさに江戸時代のイメージで観光客もほとんどいないことからロケ地として最適なのです。
この僧堂坂でぜひ、記念撮影を。
また境内の奥には、琵琶湖疏水が流れるレンガ造りの水路閣もあるのでお見逃しなく。
塔頭には、「鶴亀の庭」で知られる金地院、南禅寺発祥の地で、夢窓疎石が作庭したと伝わる池泉回遊式庭園のある南禅院、細川幽斎によって再建され、見事な枯山水庭園のある天授庵があり、拝観できます。
南禅寺境内は京都屈指の新緑、紅葉の名所でもあり、例年紅葉の見頃は11月中旬~11月下旬。
塔頭の天授庵では例年、紅葉ライトアップも行なわれています。
南禅寺 3つのチェックポイント
日本で最初の皇室発願の禅寺で京都五山の上の別格
臨済宗南禅寺派の大本山で庭の美しい塔頭が多い
方丈前の枯山水庭園は小堀遠州作
南禅寺 | |
名称 | 南禅寺/なんぜんじ Nanzenji Temple |
所在地 | 京都府京都市左京区南禅寺福地町 |
関連HP | 南禅寺公式ホームページ |
電車・バスで | JR京都駅から市バスで34分、南禅寺永観堂前下車、徒歩8分で三門。または地下鉄東西線蹴上駅からインクラインをくぐり歩行者専用道を徒歩7分で三門 |
ドライブで | 名神高速道路京都東ICから約14km |
駐車場 | 南禅寺駐車場(50台/有料) |
問い合わせ | 南禅寺 TEL:075-771-0365/FAX:075-771-6989 |
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