南禅寺・虎の子渡しの庭

南禅寺・虎の子渡しの庭

南禅寺大方丈前の庭園は江戸時代初期の代表的枯山水庭園。小堀遠州(こぼりえんしゅう)作の名庭で、虎の子渡しの庭と呼ばれています。砂と石と松で構成された庭は、石で虎を表し、白砂で表現した河を渡る姿となっていることがその名の由来。

「虎の子渡し」に秘められた哲学とは!?

方丈の南と西は筋塀(築地塀)に囲まれていますが、その塀に沿って石組を配置し(方丈から見て左奥)、前方と右手には、白砂を用いた広い空間となっています。
巨大な石を横に寝かして配置している点にも注目。
それまでの庭園は、石組で須弥山(しゅみせん)、蓬莱山(ほうらいさん)を表現したのですが、小堀遠州はそんな仏教色を振り払った庭を禅寺の方丈に築いたのです。

虎が子を従えて河を渡る方法から思案する大切さを示しているともいわれていますが、善政であれば虎も住みづらくなって河を渡って異国へと出立する姿(つまりは徳川幕府の賛美)と解説する人もいて、その背後に隠された哲学は、定かでありません。

小堀遠州は、近江国坂田郡小堀村(現・滋賀県長浜市)出身の大名。
江戸時代のはじめには家康に信任され、駿府城普請奉行、名古屋城天守の造営にも関わるなど、幕府の側近として活躍しています。
家康側近で「黒衣の宰相」といわれ、南禅寺塔頭・金地院を住坊とした以心崇伝(いしんでんしん=金地院崇伝)との関係で、金地院庭園や南禅寺方丈庭園を築いたと推測できます。
当時、南禅寺は徳川幕府の力で再興を遂げているので、幕府への何らかのメッセージが隠された可能性があるのかもしれません。

龍安寺の石庭も「虎の子渡しの庭」の名がありますが近世以来の別称。
小方丈庭園は「如心庭」と呼ばれ、昭和41年の作庭。
時の管長・柴山全慶老師が「心を表現せよ」と指示して築いた枯山水の禅庭です。

さらに昭和42年作庭の「六道庭」がありますが、こちらは六道輪廻(天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄)の戒めの庭となっています。

南禅寺・虎の子渡しの庭 DATA

名称 南禅寺・虎の子渡しの庭/なんぜんじ・とらのこわたしのにわ
所在地 京都府京都市左京区南禅寺福地町
関連HP 南禅寺公式ホームページ
電車・バスで JR京都駅から市バス5・57系統で34分、南禅寺永観堂前下車、徒歩8分で三門。または地下鉄東西線蹴上駅からインクラインをくぐり歩行者専用道を徒歩7分で三門
ドライブで 名神高速道路京都東ICから約14km
駐車場 南禅寺駐車場(50台/有料)
問い合わせ TEL:075-771-0365/FAX:075-771-6989
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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