霊鑑寺

霊鑑寺

京都府京都市左京区、哲学の道沿いにある歴代皇女が住職を務めた尼門跡寺院が霊鑑寺(れいかんじ)。江戸時代の初め、後水尾天皇(ごみずのおてんのう)が第12皇女・月江宗澄(げっこうそうちょう=多利宮)を開基として創建。普段は非公開ですが、春の椿の時期と、秋の紅葉シーズンには特別公開されています。

「谷の御所」と呼ばれた格式と清楚な佇まい

霊鑑寺の前身は、後陽成天皇の典侍で妙法院門主尭然入道親王を生んだ持明院孝子が慶長17年(1612年)に閑居した鹿ケ谷の屋敷。
寺院化の望みを抱き正保2年(1645年)に没した後、承応3年(1654年)に月江宗澄(多利宮)が入室して、得度したもの。

明治維新まで5人の皇女・皇孫が入寺、住職を務めたので「谷の御所」、「鹿ケ谷比丘尼御所」(ししがたにびくにごしょ)とも称される風雅な尼寺です。

本堂は寛政6年(1795年)、11代将軍・徳川家斉(とくがわいえなり)の寄進で、かつては如意寺あった恵心僧都(えしんそうず)の作と伝わる本尊・如意輪観音像が祀られています。
如意寺は、応仁の乱後に荒廃し、廃寺となりましたが、後水尾天皇がこの如意輪観音像を本尊に、霊鏡(れいきょう)を併せて祀ったことが、霊鑑寺という名の由来に。

書院は、後西天皇(ごさいてんのう=後水尾天皇の第八皇子)の院御所から御休息所を移築したもの。
上段の間、二の間(中段の間)、三の間(下段の間)から成る「謁見の間」には『四季花鳥図』など狩野派の作と伝わる華麗な障壁画で飾られています。
三の間(下段の間)の東側に描かれた『金襖老梅図』は狩野永徳の筆。
さらに四の間(仙人の間)、五の間(応挙の間)が続き、円山応挙(まるやまおうきょ)の作と伝わる見事な水墨画の襖絵が配されています。

寺宝には、光格天皇皇后から下賜された「花鳥絵カルタ」、新清和院の「魚獣絵カルタ」、孝明天皇御母の御用品だったと伝わる「双六」、さらには200点以上に及ぶ御所人形などがあり、宮中の雅な文化を知ることができます。

また、江戸時代中期の作庭手法を用いた格調高い池泉観賞式庭園は、小堀遠州作と伝わります。
庭園には、後水尾天皇が椿を好んだから、広い庭内には後水尾天皇が実際に愛でたという樹齢400年ともいわれる日光椿(じっこうつばき=京都市の天然記念物)、蝦夷錦椿(えぞにしきつばき)、獅子頭椿(ししがしらつばき)、散椿(ちりつばき)、月光椿(がっこうつばき)、白牡丹椿(はくぼたんつばき)など100種以上の名椿を植栽。

霊鑑寺に駐車場はないので銀閣寺前の駐車場などを利用し、哲学の道散策途中に立ち寄るのがおすすめです。

例年、春の特別公開は3月下旬~4月上旬、秋の特別公開は11月中旬~12月上旬。

霊鑑寺
普段は門を閉ざして非公開に
霊鑑寺
名称 霊鑑寺/れいかんじ
所在地 京都府京都市左京区鹿ケ谷御所ノ段町12
関連HP 京都市観光協会公式ホームページ
電車・バスで 市バスで錦林車庫前から徒歩5分、上宮ノ前町から徒歩3分
駐車場 なし/市営銀閣寺観光駐車場(40台)など周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 霊鑑寺 TEL:075-771-4040
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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