JR東海随一のローカル線、「大赤字でも存続」の名松線とは!?

名松線

松阪駅(三重県松阪市)と伊勢奥津駅(津市)を結ぶ、JR東海のローカル線が、名松線(めいしょうせん)。名松線の「名」は、名古屋ではなく名張。つまりは名張を目指した路線ということに。JR東海の中でも圧倒的な赤字の路線ですが、過去3度の廃線危機を乗り越えて存続。その理由とは!?

3度の廃止危機を乗り越えた「不滅のローカル線」

名松線

少し古い話ですが、高度成長期の昭和43年9月、国鉄諮問委員会が提出した意見書で、「使命を終えた」赤字83線のひとつになっていたのが名松線です。
バス転換を図る路線と、当時からいわれ続けてきました。

近年、国土交通省が有識者による検討会で示した存廃の目安は、輸送密度(1kmあたりの1日の平均乗客数)が1000人未満の路線ですが、2021年度の名松線の輸送密度は、わずか195人。
JR東海では唯一の1000人以下の廃止対象路線なのです(紀勢本線は1044人でギリギリの数字)。

名張までの延伸計画は、昭和5年、近鉄の前身となる参宮急行電鉄が現在の近鉄大阪線・山田線にあたる区間を開通させたため、立ち消えに。
「赤字83線」となり、廃止が取り沙汰された際には、沿線の道路整備が進んでいなかったことを理由に、バス転換が困難ということで存続しています(これが最初の廃止の危機)。

1982年の台風被害で普通になった際にも廃止の動きがありましたが、沿線自治体の強い反発と、代替バスの走るルートが確保できないことで、廃止話は立ち消えに。
そして2009年10月の台風18号の被害は甚大で、38ヶ所もの土砂崩れが発生し不通になったのです。

このときは東海道新幹線が黒字を生むJR東海もさすがに大きく廃止に傾き、万一復旧させても安全運行できない可能性があるとして不通区間のバス転換の方針を発表。
新聞・テレビも「名松線廃止へ!」と報道しています。

山と川に挟まれた狭い地形を走ることで、安全が担保できないというのが廃止の理由でしたが、地元行政は、存続への強い意志を発表。
全面復旧を求める署名を集め、さらに三重県が水害を防ぐ治山工事を行なう、津市が水路整備を担うことを条件に、2016年3月、6年半ぶりに再度復活したのです。

全線が非自動閉塞というJR唯一の路線

名松線

現在走行する車両は、名古屋車両区所属のキハ11形気動車(不定期ですがキハ25形気動車も投入されています)。
しかも通常は1両、ワンマン運転というJR東海とは思えないローカル度で、名古屋、大阪の人もなにやら遠く離れた土地に旅しているような気分に浸れるはず。

しかも、この名松線、全線が非自動閉塞というJR唯一の路線。
単線で、列車同士の正面衝突や追突を避けるため、その区間に1本の列車だけに占有させるシステムのことを「閉塞方式」と呼びます。
信号機が自動的に検知し、信号に反映させるのが自動閉塞ですが、なんと名松線は閉塞区間の両端にいる停車場係員が連絡を取り合い、手動で信号などを取り扱って列車の進行を管理しているのです。

列車には通行手形のような票券を用意する票券閉塞式で運転され、「通券」を手にした列車のみがその区間を走行できるという昔ながらの手法が採用されています。

JR東海随一のローカル線、「大赤字でも存続」の名松線とは!?
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

よく読まれている記事

こちらもどうぞ