恋人の丘

恋人の丘

百済王の亡命伝説が残る宮崎県美郷町南郷区(旧南郷村)を見おろす小高い丘にある展望台が恋人の丘。六角形の東屋は、韓国の扶餘(プヨ=朝鮮半島にあった古代国家・百済最後の都があった場所)の落花岩(百済滅亡時、宮女が白馬江に投身したという伝説が残る岩)に建つ「百花亭」を再現したもの。

韓国との友好を示す「絆の鐘」

韓国から韓日友好の証として届けられた「絆の鐘」と呼ばれる一対の鐘が吊され、親子や恋人、兄弟姉妹で鐘を鳴らし、誓った愛は永遠に続くといわれています。
「絆の鐘」にはハングル文字で「百済古都扶餘から百済の里南郷村に送る音」とメッセージが記されています。

南郷神門地区は、盆地型の地形で、山霧(神門霧)が発生することで有名。
冬場の放射冷却の朝など恋人の丘からも幻想的な雲海を眺めることがあります。

名称 恋人の丘/こいびとのおか
所在地 宮崎県東臼杵郡美郷町南郷区神門山草
関連HP 美郷町公式ホームページ
電車・バスで JR日向市駅から宮崎交通バス神門行きで1時間15分、百済の館前下車、タクシーで5分
ドライブで 東九州自動車道日向ICから約42km
駐車場 40台/無料
問い合わせ 美郷町企画情報課 TEL:0982-66-3603/FAX:0982-66-3137
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
百済の館

百済の館

宮崎県美郷町の旧南郷村には百済(くだら=古代の朝鮮半島にあった国)滅亡時に王族が移り住んだという伝承が残されています。天智2年8月(663年10月)、白村江の戦いで新羅・唐の連合軍に敗れた後に、この美郷町に落ち延びたという伝承があり、それを

西の正倉院

西の正倉院

宮崎県美郷町南郷地区に伝わる百済伝説は、7世紀、百済の滅亡時に朝鮮半島から百済の王族が南郷に落ち延びたというもの。王族の遺品といわれる神門神社の宝物・銅鏡「唐花六花鏡」(瑞花六花鏡)など、伝承を裏付ける遺物を収蔵展示する施設が西の正倉院。建

 

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プレスマンユニオン編集部

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