法隆寺 三経院・西室

法隆寺の西院伽藍の西側に建ち、東側の聖霊院・東室とともに古代に全寮制の学問寺だった頃の名残の僧坊で、多くの律僧たちがここで生活し起居していました。現存する建物は、鎌倉時代の1231(寛喜3)年の建物で国宝。聖徳太子が著した三経義疏に由来する建物となっています。

見逃しがちですが、ここも国宝!

古代の寺院伽藍は、伽藍の北側に、大講堂を囲むように東室(ひがしむろ)・北室(きたむろ)・西室(にしむろ)の3棟の僧房を配しました(1棟の僧坊には8〜9人が居住していました)。
これが三面僧房(さんめんそうぼう)で、その西室にあたるのが三経院・西室。

三経義疏に由来する名の三経院ですが、三経義疏とは、聖徳太子の撰と伝えられる法華経(ほけきょう)・勝鬘経(しょうまんきょう)・維摩経(ゆいまきょう)の三経の注釈書の総称。

ちなみに北室は、北室院として法隆寺の子院となり現存しています。
北室院本堂は、1494(明応3)年築で、国の重要文化財。

法隆寺は世界遺産「法隆寺地域の仏教建造物」に登録。

法隆寺の子院に注目!
法隆寺は、廃仏毀釈の荒波を抜け、中世の子院本堂が7棟(北室院本堂、新堂=西園院所在、地蔵堂=妙音院跡所、中院本堂=旧地蔵院本堂、宝珠院本堂=旧政南院本堂、福園院本堂=旧蓮光院本堂/以上国の重要文化財、宗源寺本堂)が現存し、子院の表門も23棟が残されています。

中世の子院本堂がこれほど現存している例は他にはありません(最盛期の江戸時代初期に、法隆寺には68の子院がありました)。
明治の初めの危機に際しては、法隆寺の宝物157点を皇室に献納し、対価として1万円を下賜されて、子院の存続につながりました。
現存する子院は、中院、宝珠院、西園院、地蔵院、宝光院、弥勒院、実相院、普門院、宗源寺、福生院、善住院、北室院、円成院、阿弥陀院などの15ヶ院ほど。

法隆寺の本坊(住職の住まい)の西園院は、上土門、唐門、客殿が重要文化財に指定されていますが非公開のため、見学は外観のみ。
法隆寺を訪れたら、子院もぜひ確認してください。

法隆寺の本坊、西園院

法隆寺 三経院・西室 DATA

名称 法隆寺 三経院・西室/ほうりゅうじ さんぎょういん・にしむろ
Horyuji Temple,Sangyoin and Nishimuro
所在地 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1
関連HP 法隆寺公式ホームページ
電車・バスで JR法隆寺駅から徒歩20分。または奈良交通バス法隆寺門前行きで8分、終点下車すぐ。あるいは、近鉄橿原線筒井駅から奈良交通バス王寺駅行きで12分、法隆寺前下車、徒歩5分
ドライブで 西名阪自動車道法隆寺ICから約2.5km
駐車場 法隆寺観光自動車駐車場(20台/有料)
問い合わせ TEL:0745-75-2555
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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プレスマンユニオン編集部

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