岐阜県中津川市苗木、中津川市街の北、木曽川の北岸にそびえる岩峰・城山(高森山/432m)に築かれた中世〜近世の山城が、苗木城(なえぎじょう)。江戸時代には「最小の城持ちの藩」、苗木藩の藩庁としても機能しましたが、急峻な岩山を利用して築かれ、「ロックガーデンのような山城」になっています。
花崗岩の岩峰を巧みに利用した山城

「最小の城持ちの藩」ながら明治維新まで存続した苗木藩。
その藩庁でもあった苗木城ですが、木曽川の美濃への入口という要衝で、鎌倉時代に砦(とりで)が置かれたのが始まり。
戦国時代には武田、織田、徳川家康などとのせめぎ合いで何度も攻城戦が展開されています。
慶長5年(1600年)、遠山友政(とおやまともまさ)は徳川家康の命を受け苗木城を攻略、徳川家康から苗木領を安堵され、苗木藩が立藩しています。
木曽川と山頂の天守台の比高は170mほどあり、国土地理院の地形図を見ても木曽川に臨む南側はとくに急峻であることがわかります。
北麓の城下町とは、四十八曲と呼ばれる登城道で通じていましたが、まさに登山道のような様相だったと推測できます。
馬洗岩など巨大な自然石があり、最大の特徴は巨岩を取り込んだ石垣です。
「苗木遠山史料館」に展示される苗木城の復元模型を見ると、岩峰の露岩を活かして石垣が組まれ、その上に建物を建築。
天守台の上の建物は、展望施設のような雰囲気です。
しかも構造的には清水の舞台のように、岩に穴を開け、柱を立てて床を張り出す懸造(かけづくり)を採用。
北門近くの大矢倉跡は、地元では「日本のマチュピチュ」とも称される場所。
菱櫓門跡の奥、本丸口門(ほんまるぐちもん)から大矢倉跡を眺めると、なんとなくマチュピチュに似た景観です。
天守台跡の南下にある「馬洗い岩」も巨岩好きに大人気、周囲45mほどの巨岩は、記念撮影にも絶好ポイントになっています。
苗木城が籠城戦で水を断たれた際に、この岩の上で馬を洗って、水は豊富だぞと見せかけたというのが名の由来。
最高所の天守台には3層の櫓が建ち、木曽川を眼下に周囲を眺望できるようになっていました。
現在も恵那山を眺める一等地で、秋などには雲海も期待できます。
信濃(長野県)と美濃(岐阜県)の国境に位置し、木曽川、そして飛騨街道を一望にする要衝だったことがよくわかります。
二の丸には、数多くの礎石が残されていますが、実はこの二の丸が藩主は重臣たちの生活の場、半島としての機能もこの二の丸にありました。
現在では想像できませんが、ここにズラリと建物が並んでいたのです。
「苗木遠山史料館」では、苗木城跡をボランティアガイドも受け付けているので(要予約、12月~2月冬期休止)、申し込むのもおすすめです。


一度は登城したい! 「ロックガーデンのような山城」、苗木城 | |
名称 | 苗木城/なえぎじょう |
所在地 | 岐阜県中津川市苗木2799-2 |
関連HP | 中津川市公式ホームページ |
電車・バスで | JR中津川駅から北恵那バスで15分、苗木下車、徒歩20分 |
ドライブで | 中央自動車道中津川ICから約6km |
駐車場 | 苗木城跡第一駐車場、苗木遠山史料館駐車場(無料)を利用 |
問い合わせ | 中津川市観光課 TEL:0573-66-1111 |
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
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