機那サフラン酒本舗

機那サフラン酒本舗

旧三国街道沿いの「醸造のまち」、新潟県長岡市摂田屋を象徴する建物が機那サフラン酒本舗。創業は明治20年代で、初代の吉澤仁太郎が家に伝わる番紅花(=サフラン)酒を竹筒に入れ、薬用酒として販売。国の登録有形文化財に指定される機那サフラン酒本舗の鏝絵蔵(こてえぐら)などの土蔵群は、長岡市が取得し、整備・管理しています。

鏝絵蔵の見事な漆喰芸術は地元の左官の作品

「機那サフラン酒」は、一時はハワイにまで進出、往時は「養命酒」と勢力を二分するほどの人気ぶりでした。
現在はリキュール扱いだが、生薬として知られるサフランに、10種ほどの植物の抽出液を加えたこの酒は、疲労回復や滋養強壮などに効くといわれています。

その成功により造られたのが、今も残る主屋と土蔵、庭園群。
とくに大正15年築造の土蔵造りの道具蔵(鏝絵蔵)は、漆喰のなまこ壁に軒下まで鏝絵(こてえ=左官職人が「コテ」を使って製作した絵)に彩られた見事なもの。
扉には鳳凰やキリン、恵比須など、17種の動物・霊獣、9種の植物が描かれた極彩色の鏝絵が施され、まさに漆喰芸術のオンパレード。
これらは地元の左官・河上伊吉の手によるもので、今も摂田屋を代表する名物となっています。
一般に、佐渡などに作品を残した日本海側の鏝絵は派手だといわれますが、河上伊吉の修行した場所などは定かでありません。

鏝絵のほか、明治44年に造られた高さ12mの木製看板は、武者や龍など精緻な彫刻が施され、壮大なスケールを誇っています。
現在、サフラン酒は敷地内の一角で吉沢仁太郎商店が製造。

機那サフラン酒本舗
名称機那サフラン酒本舗/きなさふらんしゅほんぽ
所在地新潟県長岡市摂田屋4-6-33
関連HP長岡市公式ホームページ
電車・バスでJR宮内駅から徒歩10分
ドライブで関越自動車道長岡ICから約9.7km。または、長岡南越路スマートICから約7.2km。北陸自動車道中之島見附ICから約14.5km
問い合わせ長岡市観光企画課 TEL:0258-39-2344
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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