津山洋学資料館

津山洋学資料館

岡山県津山市西新町、旧出雲街道沿い、津山市城東要伝統的建造物群保存地区にあるミュージアムが津山洋学資料館。平成22年、箕作阮甫旧宅(みつくりげんぽきゅうたく)の隣地にリニューアルオープン。館内では日本の近代化に貢献した津山出身の洋学者の研究の足跡を展示しています。

日本の近代化に貢献した津山の洋学者を紹介

江戸時代に津山藩は、西洋の内科医学を初めて紹介した宇田川玄随(うだがわげんずい)や、幕末の対米露交渉に活躍した箕作阮甫(みつくりげんぽ)などの洋学研究の大家を藩医として登用、洋学研究の中心的な存在となり、多くの洋学者を輩出しています。

昭和50年に旧中国銀行津山東支店(旧妹尾銀行林田支店)の建物(大正9年築)を中国銀行から買取、昭和53年3月19日に開館したミュージアム。
建物の老朽化などにより、平成21年に新館を建設しています。
外観はレトロな洋館ですが、実際は近代的な鉄筋コンクリート造り平屋建て(本館設計は由布院美術館、九谷焼美術館などを手掛ける富田玲子)。
城東地区の町並みとの調和を図り、かつ、アカデミックな雰囲気に仕上がっています。

ホールと展示室の平面は、五角形を基本として、それを巧みに組み合わせた形ですが、これは「津山洋学五峰」(宇田川玄随・宇田川玄真・宇田川榕菴・箕作阮甫・津田真道)と称される5人をモチーフとしたものです(前庭に洋学者のブロンズ像が立っています)。

まずは、長崎・出島をイメージしたプロローグ室「知は海より来る-洋学の世界へ-」で、オランダによって長崎・出島にもたらされた「蘭学」について学びます。

常設展示は、『解体新書』(初版本)のほか、精巧な木製の骨格標本(レプリカ)を展示の「人体に隠された科学への扉-江戸蘭学の夜明け-」(宇田川玄随と、その跡を継いだ宇田川玄真、宇田川榕菴を解説)、「世界へと開かれていく眼-阮甫が生きた時代-」(箕作阮甫と、その跡を継いだ養子の箕作秋坪、箕作省吾を紹介)、「日本の近代化と津山の洋学者-開国からやがて明治維新へ-」(津田真道、箕作麟祥、菊池大麓、箕作佳吉、久原躬弦、箕作元八ら留学生を紹介)のテーマで、時代を追って津山の洋学が理解できる仕組み。

ミュージアムショップ「和蘭堂」(おらんだどう)ではオランダワッフルなど土産の販売のほか、喫茶も用意されています。

日本の近代化に貢献した5人、「津山洋学五峰」とは!?

宇田川玄随(うだがわげんずい/1756〜1798)=玄随・玄真・榕庵の宇田川家三代のひとり。宇田川家は、代々江戸詰の津山藩医を務める家系で、もともと漢方医でしたが、幕府の医師・桂川甫周(かつらがわほしゅう)に蘭学を学び、大槻玄沢の芝蘭堂でオランダ語を習得(岡山県下最初の洋学者)。ヨハネス・デ・ゴルテル著の『簡明内科書』を訳し、わが国に初めてヨーロッパの内科医学書を紹介(有名な『解体新書』は外科医学書)。

宇田川玄真(うだがわげんしん/1770〜1835)=伊勢国(現・三重県出身)、杉田玄白の娘と結婚、養子となったが離縁。寛政9年(1798年)、宇田川玄随が亡くなると宇田川家の当主として養子江戸蘭学における大槻玄沢の実質的後継者に。宇田川榕菴(うだがわようあん)は養子。

宇田川榕菴(うだがわようあん/1798〜1846)=大垣藩(現在の岐阜県大垣市)の江戸詰め医、江沢養樹の長男。師匠である藩医宇田川玄真に才を見出され玄真の養子となり、宇田川家三代のひとりに。養父・玄真とともに幕府に重用され、それまで日本になかった植物学、化学等を初めて書物にして紹介。さら養父の玄真が熱海への湯治療養の際に、榕菴に温泉の効能を調査を提案(日本で初めて行われた温泉の泉質調査で、『諸国温泉試説』)。

箕作阮甫(みつくりげんぽ/1799〜1863)=津山藩医・箕作貞固(三代丈庵)の第三子。津山藩医、京で医術を習得後、江戸に行き、宇田川玄真の門に入り洋学を学び、幕府天文台翻訳員に、対露交渉団の一員として長崎に。ペリー来航時に米大統領国書を翻訳、蕃書調所の首席教授に任ぜられ、幕臣に。日本最初の医学雑誌『泰西名医彙講』をはじめ、『外科必読』、『産科簡明』、『和蘭文典』、八紘通誌』、『水蒸船説略』、『西征紀行』など著作多数。

津田真道(つだまみち/1829〜1903)=父は津山藩士ですが、津山藩籍を脱して江戸で、箕作阮甫から洋学を習得。オランダに留学し、ライデン大学教授フィッセリングに法学、経済学、統計学を学び、帰国後、開成所教授に就任。明治6年、福澤諭吉、森有礼、西周、中村正直、加藤弘之、西村茂樹らと明六社を結成。外務権大丞、大法官、元老院議官、高等法院陪席裁判官などを歴任。明治23年、第1回衆議院議員総選挙に東京8区から立候補して当選し、初代衆議院副議長に就任。

津山洋学資料館
名称 津山洋学資料館/つやまようがくしりょうかん
所在地 岡山県津山市川崎823
関連HP 津山洋学資料館公式ホームページ
電車・バスで JR津山駅から中鉄バス西新町方面行きで22分、東松原下車、すぐ
ドライブで 中国自動車道津山ICから約3.5km
駐車場 10台/無料
問い合わせ 津山洋学資料館 TEL:0868-23-3324/FAX:0868-23-9864
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
箕作阮甫旧宅

箕作阮甫旧宅

岡山県津山市西新町、旧出雲街道沿いにある津山藩の洋学者・箕作阮甫(みつくりげんぽ)の生家が、箕作阮甫旧宅。蘭学者として初めて幕府直参に取り立てられた、箕作阮甫が寛政11年(1799年)から京に出るまで13年間を過ごした生家です。箕作阮甫が幼

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

ABOUTこの記事をかいた人。

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

関連記事

よく読まれている記事

こちらもどうぞ