嘉手志川

嘉手志川

沖縄県糸満市大里の南山城跡(なんざんぐすくあと)近くにある湧水が嘉手志川(かでしがー)。三山時代に栄えた南山王の居城・南山城は大里按司(おおざとあじ)をはじめとする南山王統の居城。玉城、知念にまで及ぶ一大勢力を誇りましたが、その繁栄を支えたのが嘉手志川で、「水の国」(みじぐに)と呼ばれた南山時代の中心地です。

南山の繁栄を支えた湧水

嘉手志川

嘉手志川の豊かな水は、地元ではウフガー(大井泉)と呼ばれ、領地の田畑を潤し、南山繁栄の基礎を成したと伝えられています。

しかし、1743年〜1745年に編纂された琉球王国の正史『球陽』(きゅうよう)によれば、南山最後の王となった他魯毎(たるみぃ)が、中山王の尚巴志(しょうはしおう)が持っていた金屏風を欲しがり、泉(嘉手志川)と交換。
これがもとで人心が離れ、他魯毎は尚巴志に滅ぼされたと伝えられています。

琉球石灰岩と基盤岩の泥岩との接合部から湧き出るンブガー(産井泉)は、プールのようになり、今でも生活用水、農業用水として利用されています。
夏は納涼スポット、清流をせき止めた天然のプールは、子供たちの絶好の水遊び場に(深い場所では1mほどあるので幼児連れは注意が必要)。

ちなみに嘉手志(かでし)とは、琉球方言で幸を意味する言葉。
地元の大里自治会が嘉手志川の美化保護活動を行ない、環境が保全されているので、マナーを守って見学を。

名称 嘉手志川/かでしがー
所在地 沖縄県糸満市大里320
関連HP 糸満市公式ホームページ
ドライブで 那覇空港道路南風原南ICから約9km
駐車場 2台/無料
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
南山城(島尻大里城)

南山城(島尻大里城)

沖縄本島南部の沖縄県糸満市にある琉球三山分立時代(14世紀頃)に栄えた城(グスク)が南山城(島尻大里城)。かつての高嶺間切(間切=地域)にあるため高嶺城とも、島尻大里間切とも呼ばれたため島尻大里城とも呼ばれ、三山時代(琉球統一前、北山王、中

 

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