施福寺(槇尾寺)

施福寺(槇尾寺)

大阪府和泉市、槇尾山の中腹にある天台宗の古刹が施福寺(せふくじ)。山号は槇尾山(まきのおさん)で、槇尾寺(まきおでら)と通称されています。『槇尾山大縁起』によれば第29代・欽明天皇が病気治癒の勅願により行満上人によって開山したとしています。西国三十三所第4番札所で、本尊は十一面千手千眼観世音菩薩。

役行者、行基や空海の修行伝説も残されています

標高485mの槇尾山山腹(和泉市)にある修験道の寺で、険しい山道を登り、役行者(えんのぎょうじゃ=役小角・えんのおづぬ、修験道の始祖)、和泉の高僧・行基や空海(弘法大師)もここで修行を積んだと伝えられていますが、伝承の域を出ません。
役行者が葛城の峰々に法華経を納めたとき、最後にこの山に納経したので巻(まき)の尾として山号の由来になったとも。

今も西国三十三所の巡礼が終わった際に槇尾山施福寺(槇尾寺)に写経を納める人が多く「納経の寺」としても有名。

後白河上皇、後鳥羽上皇などの加護によって、800坊を誇る大寺院でしたが、南北朝時代に南朝の拠点となり、その後衰退。
さらに戦国時代には織田信長の兵火や弘化年間(1844年〜1848年)の火災で焼失。
慶長8年(1603年)、豊臣秀頼の再建しますが、弘化2年(1845年)の山火事で仁王門を除く伽藍を焼失。
現存する堂宇はその後の再建です。
江戸時代に徳川家の援助を受け、真言宗から天台宗に改宗しています。

参詣にあたっては山麓から最低でも40分ほど山道を登ることから西国三十三所の「難所」にも数えられていますが、「大阪みどりの百選」に指定された周辺の自然、境内から見渡せる岩湧山や三国山など和泉山脈の雄大な景色は、疲れを忘れさせてくれるに十分です。

西国三十三所霊場間の距離・時間

3番・風猛山粉河寺(和歌山県紀の川市粉河2787) — (27km/50分・徒歩40分) — 4番・槇尾山施福寺/槇尾寺(大阪府和泉市槇尾山町136) — (26km/1時間10分) — 5番・紫雲山葛井寺(大阪府藤井寺市藤井寺1丁目)
※距離と時間はルートや交通状況により変動するため、およその目安です

施福寺(槇尾寺) DATA

名称 施福寺(槇尾寺)/せふくじ(まきおでら)
所在地 大阪府和泉市槇尾山町136
電車・バスで 泉北高速鉄道泉中央駅から南海バス槙尾山口行き、父鬼行きで20分、槙尾中学校前下車、オレンジバス槙尾山行きに乗り換えて12分、終点下車、徒歩25分。南海本線泉大津駅から南海バス槙尾山口行き、父鬼行きで47分、槙尾中学校前下車、オレンジバス槙尾山行きに乗り換えて12分、終点下車、徒歩25分。槙尾山口から徒歩の場合は1時間
ドライブで 阪和自動車道岸和田和泉ICから約10km
駐車場 70台/無料
問い合わせ TEL:0725-92-2332
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

粉河寺

2018.06.19

葛井寺

2018.05.17

 

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