四萬部寺(秩父三十四所観音霊場・札所1番)

四萬部寺は秩父三十四所観音霊場の1番札所で曹洞宗の寺。性空上人(しょうくうしょうにん)の弟子・幻通比丘(げんどうびく)が、4万部の仏典を読誦し、経塚を築いたことから誦経山四萬部寺(ずきょうさんしまぶじ)と名付けられました。本堂は1696(元禄10)年の築で、唐破風の向拝を配した入母屋造り。秩父の名工、藤田徳左衛門の作。

秩父札所めぐりはここから始まる

1488(長享2)年の『長享番付』では、四萬部寺では第24番札所。
江戸時代に場所や寺格を配慮して、四萬部寺が1番札所に変更されています。

本堂の天井には、狩野常信の弟子・抱素斎休世常耀益之(ほうそさいきゅうせいじょうようますゆき)の龍画が描かれています。
入堂できるので、ぜひ天井画もお見逃しなく。
本尊は聖観世音菩薩を祀っていますが、その立像は江戸時代の作。
本尊は逗子に納められており、通常拝観できるのは前立本尊になっています。

毎年8月24日に施食殿(せじきでん)で行なわれる『大施食会』(だいせじきえ)は、餓鬼道に落ちて苦しむ者を救うための法会で、先祖を供養するもの。
宗派を問わず秩父の僧侶が集結する祭典で、1531(享禄4)年から続く伝統行事。
玉蔵院(さいたま市浦和区)の 「大施餓鬼」、の 永福寺(埼玉県北葛飾郡杉戸町下高野)の「どじょう施餓鬼」と並び、「関東の三大施食」の一つに数えられています。

本堂横の売店では朱印を押してもらうための納経帳や、菅笠、笈摺(おいずる)、金剛杖のお遍路用の装束も販売。

広重・豊国作 『観音霊験記 秩父順礼』 第一番四萬部寺

幕末の1858(安政5)年、午歳総開帳(うまどしそうかいちょう=札所本尊の総開帳)にあわせて、江戸で作成・販売された『観音霊験記』。秩父一番札所の四萬部寺(妙音寺)を描いた錦絵。
歌川広重が札所の様子を、さらに歌川豊国が札所にまつわる霊験(れいげん)を描いています。

性空上人の弟子・幻通比丘が、霊鳥の導きで当地に至り、4万部の経典を誦えたことが創建の由来であることが絵と文章でビジュアルに紹介されています。

広重の絵に描かれる仁王門は、明治23年、門前の旅籠(はたご)の火災で類焼。
現在の門は、昭和5年に地元の旧家の門を移築したものです。

霊場間の距離・時間

1番札所・四萬部寺(秩父市栃谷418) — (2.1km/徒歩45分) — 2番札所・真福寺(秩父市山田3095/納経所は光明寺=秩父市山田2191)

四萬部寺(秩父三十四所観音霊場・札所1番) DATA

名称 四萬部寺(秩父三十四所観音霊場・札所1番)/しまぶじ
所在地 埼玉県秩父市栃谷418
関連HP 秩父三十四所観音霊場秩父札所連合会ホームページ
電車・バスで 西武秩父線西武秩父駅から西武観光バス皆野駅行き、定峰行きで26分、札所一番下車、すぐ
ドライブで 関越自動車道花園ICから約22km
駐車場 10台/無料
問い合わせ TEL:0494-22-4525
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

真福寺(秩父三十四所観音霊場・札所2番)

2017年10月29日
 

 

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