江戸時代、石高わずかに1万石の小藩 10藩

大政奉還後の幕末から明治維新の混乱期に小藩が立藩したこともあって、江戸時代末期の藩の数は300藩にも及んでいます。そのなかで1万石程度の小藩は、実質的には藩士を200人程度抱えることがせいいっぱいの財政事情でしたが、全国に10藩も存在していました。

小藩ゆえ、財政難にあえぐことも!

城を持たずに陣屋が藩庁というのが基本です

最小の藩であるのは喜連川藩でしたが、文久3年(1863年)の幕府大目付の調べによると喜連川藩は10万石格となっていて、当時、最小の石高ながら別格の大名扱いになっていたことがわかります。
10万石といえば、武蔵・忍(おし)藩、信濃・松代藩、美濃・大垣藩、越中・富山藩と同格なので、破格の扱いだったことがわかります。

喜連川家は足利尊氏の四男・足利基氏の後裔だということで、国持ち大名並みの扱いでしたが、それ以外の小藩は、財政難に喘いでいました。
それでも明治維新で、それぞれが県として名乗った時代もあり、一時的には県庁所在地となったこともあったのです。

今では陣屋跡の表示が歴史をしのばせるのみの場所も数多く、その存在すら忘れがちの場所が多く、同じ県に住む人さえ、知る人ぞ知る藩になっている場合も多々あります。

藩庁となるのは陣屋と呼ばれる役場的な施設が数多く、参勤交代なども免除となっていました。
小藩ながら唯一の城持ち藩は美濃国の苗木藩で苗木城を有していましたが、あくまで特例です。
その苗木藩も幕末の動乱で、戦費による出費が嵩んで財政破綻、維新後に苗木城破却して家財道具などを売払い、藩士を帰農させ、家禄支給を削減するなどして借金返済にあてています。

5000石〜1万石程度の小藩 10藩

藩名旧国名石高藩庁現在の所在地
喜連川藩
きづれがわ
下野国5000石喜連川陣屋栃木県さくら市喜連川
志筑藩
しづく
常陸国1万石志筑陣屋
(大政奉還後の立藩)
茨城県かすみがうら市中志筑
宍戸藩
ししど
常陸国1万石宍戸陣屋
(江戸時代後期に陣屋建築)
茨城県笠間市平町
小島藩
おじま
駿河国1万石小島陣屋
(城郭風構造の陣屋)
静岡県静岡市清水区小島本町
高富藩
たかとみ
美濃国1万石高富陣屋岐阜県山県市高富
苗木藩
なえぎ
美濃国1万石苗木城
(1万石で唯一の城持ち藩)
岐阜県中津川市苗木
柳生藩
やぎゅう
大和国1万石柳生陣屋
(中世の柳生城近くに設置)
奈良県奈良市柳生
千束藩
ちづか
豊前国1万石千束陣屋
小倉藩の支藩が維新後に立藩
福岡県豊前市千束
吹上藩
ふきあげ
下野国1万3000石吹上陣屋
(江戸時代後期の立藩)
栃木県栃木市吹上町
宮川藩
みやがわ
近江国1万3000石宮川陣屋
(堀田正陳は若年寄まで出世)
滋賀県長浜市宮司町
江戸時代、石高わずかに1万石の小藩 10藩
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