飛鳥山公園・渋沢栄一像

飛鳥山公園・渋沢栄一像

東京都北区王子1丁目、飛鳥山公園(あすかやまこうえん)の旧渋沢庭園に立つのが、渋沢栄一像(しぶさわえいいちぞう)。旧渋沢庭園一帯は、近代日本経済の父といわれる渋沢栄一が明治12年から亡くなる昭和6年まで暮らした場所。大正時代築の青淵文庫(せいえんぶんこ)、晩香廬(ばんこうろ)が現存しています。

『第一銀行頭取男爵渋澤榮一像』として明治35年に建立

飛鳥山公園・渋沢栄一像

渋沢栄一は、明治維新後、「知識なくして興隆なし」という理念で、新聞、雑誌を印刷する洋紙の国産化が急務だと考え、明治5年、抄紙会社(しょうしがいしゃ/後の王子製紙、現・王子ホールディングス)を王子に創立。
そうした関係から、江戸時代に景勝地として知られ、北側は明治6年3月に太政官布達で日本最初の公園となっていますが、渋沢栄一は工場を眼下にする飛鳥山に、まずは明治12年、別荘を構え、内外の賓客を招く館として活用、さらに飛鳥山をこよなく愛したことから、明治34年から亡くなる昭和6年までは家族と過ごす日常の生活の場にもしています。

そんな渋沢栄一ゆかりの地に、晩香廬を見つめるように立つのが、渋沢栄一像。
明治35年4月3日、渋沢栄一の還暦を祝し、『第一銀行頭取男爵渋澤榮一像』として第一銀行本店新築落成時(現在の千代田区丸の内1丁目、丸の内センタービルディングの場所)に第一銀行中庭に建立された立像(第一銀行=明治6年、渋沢栄一が創設した日本最古の銀行)。
「此銅像は渋沢男爵還暦の節第一銀行行員一同より長沼守敬氏に依嘱して鋳造せしめたるものを、建築落成に際し此庭中に建設したるものなり」と記されています。
彫刻家・長沼守敬(ながぬまもりよし)の作品で、関東大震災後の昭和9年、第一銀行の保養施設「清和園」(世田谷区瀬田)の誠之堂前に移設され(「清和園」にあった誠之堂、清風亭は、平成11年に深谷市に移築復元)、昭和31年、飛鳥山に移設したもの。

長沼守敬は、ヴェネツィア美術アカデミーで彫刻学を学び、明治21年帰国。
東京美術学校の教授となり、洋式の彫刻学を教えましたが、明治33年、彫刻の制作に専念するために退職、退職直後に取り組んだのがこの渋沢栄一像です。

渋沢栄一の像は、飛鳥山公園の渋沢史料館に胸像(小倉右一郎制作/渋沢栄一の喜寿祝いとして、大正5年、東京銀行集会所に設置した石像)、明治7年から運営に携わった養育院跡地(東京都健康長寿医療センター公園)の旧養育院長渋沢栄一銅像(小倉右一郎制作/板橋区の有形文化財)、千代田区大手町2丁目の常盤橋公園内に凛々しい立像(朝倉文夫制作)、故郷の深谷市役所本庁舎ホールに胸像(渡辺長男制作)、深谷駅前・青淵広場に座像(田中昭制作)、渋沢栄一記念館に立像(渡辺長男制作)がありますが、生前の制作ということで、飛鳥山公園・渋沢栄一像がもっとも歴史ある像ということに。

ちなみに、岩手県立美術館のベルツ博士像(明治40年、ブロンズ)も長沼守敬の作品。

飛鳥山公園・渋沢栄一像
飛鳥山公園・渋沢栄一像
名称 飛鳥山公園・渋沢栄一像/あすかやまこうえん・しぶさわえいいちぞう
所在地 東京都北区王子1-1
関連HP 北区公式ホームページ
電車・バスで JR・東京メトロ南北線王子駅から徒歩2分
ドライブで 首都高速王子北ランプから約1.6km
駐車場 21台/有料
問い合わせ 北区道路公園課 TEL:03-3908-9275
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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