熊野古道・九十九王子(くじゅうくおうじ)のなかで、最後の一社となるのが和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある多富気王子(たふけおうじ)。大門坂登り口・大門坂茶屋から徒歩5分、夫婦杉のすぐ上部にある王子で、江戸時代まであった社殿は、明治の神仏分離、神社合祀で熊野那智大社の摂社・児宮(ちごのみや)として祀られています。
熊野古道・中辺路最後の王子
建仁元年(1201年)、後鳥羽上皇の熊野詣での際に、随行した藤原定家の記した『熊野道之間愚記(後鳥羽院熊野御幸記)などには記されていないことから、平安時代にはなかった王子だと推測されます。
元禄2年(1689年)頃に紀州藩氏によって記された『紀南導郷記』では若一王子権現(にゃくいちおうじごんげん=神仏習合の神で、熊野十二所権現のうち、五所王子の第一位)、寛政6年(1794年)の『熊野巡覧記』には若一王子権現、児宮(ちごのみや)として記されているので、中世には若一王子権現が祀られ、近世に児宮をあわせて祀ったのかもしれません。
市野々王子と熊野那智大社の間にある王子で、世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産である熊野古道・中辺路(なかへち)最後の王子となっています。
多富気という名は、那智の滝が拝めることから手向け(たむけ=両手を向けてあわせる)から転じたとする説、那智山の僧・潮崎多富気が設けたとする説があり定かでありません。
江戸時代には児宮の社殿がありましたが、明治10年に熊野夫須美神社(現・熊野那智大社)の境内に移され、石碑と庚申塚が残る跡地となっています。
名称 | 多富気王子/たふけおうじ |
所在地 | 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山 |
関連HP | 那智勝浦町観光協会公式ホームページ |
電車・バスで | JR紀伊勝浦駅から熊野交通バス那智山神社お寺前駐車場行きで21分、大門坂下車、徒歩7分 |
ドライブで | 阪和自動車道南紀田辺ICから約110km |
駐車場 | 大門坂駐車場(30台/無料) |
問い合わせ | 那智勝浦町観光企画課 TEL:0735-52-2131/FAX:0735-52-3011 |
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