毎年2月第3日曜に行なわれる秋吉台の山焼き。日本三大カルストにも数えられる日本を代表するカルスト台地の秋吉台(山口県美祢市)は、秋吉台国定公園としてその自然が厳しく保護されています。そんな秋吉台で地元の住民1000人を動員して1138haの草原を焼き尽くす山焼き、なぜ行なわれているのでしょう?
初春に行なわれる山焼き、野焼き
山焼き、野焼きと呼ばれる行事は、かつては日本各地で行なわれていました。
現在でもそれが継承されているのは、小正月に行なわれる奈良・若草山の山焼き(奈良市)、毎年2月第2日曜の伊豆・大室山の山焼き(静岡県伊東市)、平成28年に半世紀ぶりに再開された草千里の野焼き(熊本県阿蘇市)、さらには別府・十文字原の野焼き(大分県別府市)、渡良瀬遊水地ヨシ焼き(栃木県栃木市・小山市・野木町・茨城県古河市)、仙石原すすき草原の野焼き(神奈川県箱根町)、平尾台野焼き(福岡県北九州市)などで行なわれています。
そのなかで、600年近い伝統を誇り、日本一の規模で行なわれるのが秋吉台の山焼きなのです。
なぜ、今でも山焼きが行なわれるのか!?
草原は、雪が多い、風が強いなどよほど環境が厳しくない限り、放置すれば森林へと遷移(せんい)していきます。
秋吉台でもかつては「農作業の一環として、山焼き」が行なわれていました。
理由は、秋吉台が台地下で農業を営む住民の採草地として活用されていたから。
つまり、秋吉台に生育する草は、有機肥料として水田に漉き込まれ、耕運機がない時代には牛馬の餌になったのです。
集落単位で秋吉台の台地上に一定区画の採草権を有し、農家は夏場には日の出とともに草取りに出かけたのでした。
さらにすり鉢状の窪地のドリーネの内部には栄養分が集積するため、自前の農地を持たない戦前の小作農はこのドリーネ(地元では「窪畑」と呼んでいます)でゴボウや里芋を栽培していたのです。
現在では、国定公園に指定され、採草地として、ドリーネ耕作としての役割は終えています。
実は、現在の行なわれている山焼きは、草原の景観維持、害虫駆除、林野火災の防止、生態系の保護の目的にしているのです。
それでも山焼きの作業者は、従来どおり地元の住民であることに変わりがないので、高齢化と後継者問題により、山焼きの継続が危惧されるようになってもいるのです。
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