斎藤茂吉記念館

斎藤茂吉記念館

歌人(『アララギ』の編集発行人)で医師だった斎藤茂吉(さいとうもきち)は、明治15年、山形県南村山郡金瓶村(かなかめむら=現・上山市金瓶)に生誕。故郷である上山市金瓶の生家近くに建つのが斎藤茂吉記念館です。平30年に開館50周年を迎えるにあたってリニューアルされています。

斎藤茂吉の生涯と業績を詳しく紹介する記念館

明治天皇が東北巡幸の際の小休所を記念して造られたみゆき公園に昭和43年に開館した斎藤茂吉記念館。
設計は、慶應義塾大学日吉寄宿舎(横浜市港北区/昭和15年)藤村記念堂(岐阜県中津川市/昭和22年)、藤村記念館(長野県小諸市/昭和33年)、東京国立近代美術館(東京都千代田区/昭和44年)などを手掛けたモダニズムの建築家・谷口吉郎(たにぐちよしろう)。
平成元年に谷口吉生(たにぐちよしお=谷口吉郎の子)が増改築にあたっての設計を行なっています。

館内には斎藤茂吉が残した業績に関連する資料や、茂吉の生活を伝える遺墨、遺稿、色紙、遺品などを展示しています。

斎藤茂吉の次男で作家・北杜夫の著した有名な『楡家の人びと』の舞台は、斎藤茂吉の養父・斎藤紀一(さいとうきいち=『楡家の人びと』の主人公・楡基一郎のモデル)が創設した帝国脳病院(青山脳病院)。
大正、昭和戦前期にわたる精神科医一家を描いた小説はそのまま斎藤家の「歴史小説」なのです。

ちなみに上山市金瓶地区には、斎藤茂吉の生家「守屋家」、幼い頃勉学に勤しんだ「金瓶学校」、菩提寺の宝泉寺などがあります(昭和28年2月25日没、墓地は青山墓地と宝泉寺)。

斎藤茂吉記念館 DATA

名称 斎藤茂吉記念館/さいとうもきちきねんかん
Saito Mokichi Memorial Museum
所在地 山形県上山市北町弁天1421/td>
関連HP 斎藤茂吉記念館公式ホームページ
電車・バスで JR茂吉記念館前駅から徒歩3分
ドライブで 東北中央自動車道山形上山ICから約6.5km。または、山形自動車道山形蔵王ICから約11km
駐車場 あり/無料
問い合わせ TEL:023-672-7227/FAX:023-672-2626
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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