『日本百名山』の著者・深田久弥終焉の地

深田久弥終焉の地

『日本百名山』の著者・深田久弥(ふかだきゅうや)は、昭和46年、3月21日、登山中の茅ヶ岳(かやがたけ)山頂直下(山梨県北杜市)で脳卒中のため68歳で死去。その場所には深田久弥先生終焉の地という石碑が立ち、命日の3月21日は『九山忌』が執り行なわれています。

茅ヶ岳は深田久弥終焉の地として有名に

茅ヶ岳
茅ヶ岳山頂から南アルプスを眺望

茅ヶ岳は中央本線の車窓からも眺めることができ、その山容から八ヶ岳と見間違う人が多いことから、古くから「ニセ八ツ」とも呼ばれてきました。
茅ヶ岳は標高1704.0mで、標高1000mほどまで車道が通じているため、日帰り登山が可能です。

皮肉なことにそれまでは訪れる人も少なかった茅ヶ岳は、深田久弥終焉の地となったことで、一躍有名になり、「多くの登山者でにぎわう山へと変わりました」(山梨県北杜市)とのこと。
北杜市では、『日本百名山』ファンのため、昭和56年に登山口に深田久弥記念公園を開設、顕彰碑には「百の頂上に百の喜びあり」と記されています。
さらに『深田祭』として遺徳を偲ぶ碑前祭や記念登山などを毎年4月の第3日曜に開催。

登山口から徒歩で終焉の地を目指すには登山装備が必要で、尾根沿いに登って1時間30分ほど必要です。
さらに山頂までは徒歩20分の行程。

ちなみに、平成5年11月には深田久弥誕生の地の石川県加賀市、深田印刷部前に「深田久弥誕生の地」が建立されています。

「百の頂上に百の喜びあり」と刻まれた深田久弥記念公園の顕彰碑
『日本百名山』の著者・深田久弥終焉の地
名称 深田久弥終焉の地/ふかだきゅうやしゅうえんのち
所在地 山梨県
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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