荒子観音

荒子観音

愛知県名古屋市中川区荒子町にある荒子観音(あらこかんのん)は、笠寺観音、甚目寺観音、龍泉寺とともに「尾張四観音」のひとつとして名古屋の人の篤い信仰を集める名刹。正式な名は、浄海山円龍院観音寺。寺伝によれば、古く奈良時代、聖武天皇の天平元年(729年)に白山を開山した泰澄により、開基されたと伝えられている古刹です。

「尾張四観音」のひとつで前田利家ゆかりの寺

中世にはこの地方きっての天台道場として栄えたという歴史をも有し、国の重要文化財に指定された多宝塔は、名古屋市内最古の建築物です。
その堂内から1020体もの円空仏が発見されたのは昭和50年のこと。
荒子観音は円空仏の寺として一躍有名になったのです。
本尊は聖観音(しょうかんのん)で、33年に一度しか開扉されない秘仏。

現存する本堂は、織田信長の比叡山焼き討ちの際に、信長の地元ながら同じ天台寺院ということで焼き討ちにあい、信長が安土城の築城を開始した天正4年(1576年)、前田利家が再建したもの(前田利家が越前府中城を築く頃と推測できます)。
前田利家の生まれたと伝わる荒子城は、実は荒子観音のすぐ近くなのです。

のどかな農村の砦の主だった前田利家は、織田信長に仕え、まつをめとり、加賀百万石の主へと出世。
平成14年のNHKの大河ドラマ『利家とまつ』でも知られる前田利家は、荒子観音から南西の荒子城跡に生誕。
城とはいえ粗末な堀を巡らせただけの砦だからその面影はありません。
荒子観音と荒子城跡を結ぶみちはどこを歩いても古道が歩くような小さな路地で、荒子観音周辺には、名古屋市内とは思えないほど風情ある雰囲気が残されています。

名古屋城を中心に「歳徳神(としとくじん)=1年の福徳を司る神」のいる方角を恵方(えほう)と呼び、「尾張四観音」のうち、その年の恵方にあたる寺はご利益が大きいとされますが、荒子観音は乙年(西暦年の下一桁が5の年=2025年など)、庚年(西暦が10の倍数の年=2030年など)が恵方。

名称 荒子観音/あらこかんのん
所在地 愛知県名古屋市中川区荒子町宮窓138
関連HP 名古屋市公式ホームページ
電車・バスで あおなみ線荒子駅から徒歩10分
駐車場 50台/無料
問い合わせ TEL:052-361-1778
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

笠寺観音

笠寺観音は、正式名を笠覆寺(りゅうふくじ)といい、創建は736(天平8)年という古刹。雨でずぶぬれになった十一面観世音菩薩に、自分の笠をとってかぶせた心の優しい娘を藤原兼平がみそめ、妻として迎えたという玉照姫の伝説が残され、名付けの由来とし

甚目寺観音

甚目寺観音

伊勢路と美濃路が合流し、京と尾張を結ぶ交通の要衝に位置した甚目寺(じもくじ/愛知県あま市)。寺伝によれば推古天皇5年(597年)、伊勢国の漁師・甚目龍麿(はだめたつまろ)が観音像を網で引き揚げ堂を建て安置したのが始まりという(境内からは白鳳

 

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プレスマンユニオン編集部

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