安土城
織田信長が奇想天外な天守を築いた安土城は琵琶湖の東岸にそびえる安土山(現在の近江八幡市安土町)に築城されています。京上洛の要の地である近江の中心部に位置し、織田信長の掲げる「天下布武」を誇示するのに最適な場所が安土山でし…
織田信長が奇想天外な天守を築いた安土城は琵琶湖の東岸にそびえる安土山(現在の近江八幡市安土町)に築城されています。京上洛の要の地である近江の中心部に位置し、織田信長の掲げる「天下布武」を誇示するのに最適な場所が安土山でし…
羽柴秀吉は天正11年(1583年)1月、織田信忠の嫡男(織田信長の孫)・三法師(織田秀信)に年賀を表すべく安土城に登城し、翌2月、二の丸に太刀、烏帽子、直垂などの遺品を埋葬して織田信長の本廟を築いています。安土城二の丸…
安土城の登城ルートは往時は大手道の他に、百々橋口(どどばしぐち)、七曲り、搦手道の4本ありました。現在、七曲り、搦手道は廃道となっていますが、残る2ルートは往時のままに現存。百々橋口道は現在、入口部分のみ通行止めで、下山…
織田信長が築いた安土城(「日本100名城」選定)の天守は、信長の天下布武(てんかふぶ)の象徴だった建物で、安土城跡の本丸跡に天守台跡が残されています。天守5階は正八角形の「八角の段」となり宇宙をかたどっていました。内部に…
安土城の主郭部分に入る最初の関門が黒金門。黒金門跡には枡形虎口の石垣が現存しています。安土城の中でももっとも巨石が使われている場所で、訪れる人を圧倒しようという織田信長の意図が込められているのかもしれません。平成5年の調…
安土城の家臣などが登城に使った百々橋口に織田信長が創建した寺が、摠見寺。天正3年(1575年)〜天正4年(1576年)、甲賀の長寿寺(現・滋賀県湖南市)から移築したもので、国の重要文化財に指定されています。
安土城築城に伴って、織田信長が安土城内の百々橋口道に築いた真言宗の寺が摠見寺。二王門は摠見寺創建時に近江国甲賀郡柏木神社(現・滋賀県甲賀市水口町)から移築したと伝わり、国の重要文化財に指定されています。創建当時は真言宗の…
安土城の大手道と通用口である百々橋口道、さらに七曲道との合流点という要衝に位置するのが織田信忠邸跡。織田信忠は、織田信長の長男で、織田信長から生前に家督を譲られ織田家当主となった信長の後継者。甲州征伐では、総大将を務めて…
安土城の主郭部分の入口、黒鉄門跡へと通じる大手道の途中、前田利家邸跡を越えた右手が徳川家康邸跡。現在は摠見寺仮本堂となっています。織田信長が天正年間(1573年〜1592年)に甲賀から移したとされる寺です。
安土城の主郭(三の丸、二の丸、本丸)へと上る大手道の途中にあるのが羽柴秀吉邸跡。史料などによる正確な裏付けがないため、「伝羽柴秀吉邸跡」ということに。大手道を上り、前田利家邸跡の向かい側、大手道の左手に位置しています。
安土城の主郭部分(三の丸、二の丸、本丸)の入口、黒鉄門(くろがねもん)へと続く大手側(玄関側)の登城ルートが大手道。発掘調査前の大手道は、安政時代に拡張した摠見寺(そうけんじ)の石垣で遮断されていました。平成6年に解体し…
社伝によれば文治5年(1189年)、源頼朝の奥州藤原征伐の際、夢で松の枝に幣がかかっているという神託があり、藤九郎盛長に命じてその場所を探した所、松に神宮大麻(じんぐうたいま、正確には「おおぬさ」=神札)がかかっているの…
香川県綾歌郡綾川町(あやがわちょう)にある滝宮天満宮(たきのみやてんまんぐう)は、平安時代、讃岐国の国司だった菅原道真ゆかりの天満宮。讃岐国国司の官舎(有岡屋形)が建っていた場所。毎年8月25日に滝宮天満宮の社前で『滝宮…
かつて越後国の国府があったという上越市にある浄土真宗浄興寺派の本山が浄興寺で、開山は親鸞(しんらん)。師匠・法然(ほうねん)の法難により、越後の国府(竹之内草庵=現在の五智国分寺)に流された親鸞は、赦免後、常陸国(茨城県…
天平13年(741年)に聖武天皇が仏教による国家鎮護のために諸国ごとに建立された国分寺ですが、越後の国分寺の位置はいまだに解明されていません。越後国の国府は、頸城郡(くびきぐん)にあったとされ、現在の上越市国府地区にあっ…
四国霊場第84番の札所が屋島寺(やしまじ)。天平勝宝6年(754年)、鑑真和上(がんじんわじょう)が朝廷に招かれ奈良に向かう途中(2月4日に平城京に到着)、屋島北嶺に創建し、後に空海が南嶺に移したと伝えられている古刹。鎌…
吉野山・奧千本の地主神、金峯神社から山道を15分ほど歩けば、西行庵。桜(当時は山桜)を愛した漂泊の歌人・西行は、「吉野山去年(こぞ)の枝折(しをり)の道かへて まだ見ぬかたの花を尋ねん」(『新古今集』春上86)など、吉野…
嵯峨野にあり、苔むした庭園と茅葺きの庵が『平家物語』を彷彿させる寺、祇王寺(ぎおうじ)。平清盛の寵愛が同じ白拍子(しらびょうし)の仏御前(ほとけごぜん)に移り、寵を失った祇王(ぎおう)が、母の刀自(とじ)と妹の祇女(ぎに…