北台武家屋敷跡(杵築市北台南台伝統的建造物群保存地区)
大分県杵築市、杵築城の西の高台に位置する、北台武家屋敷跡。杵築藩の上級武士が暮らした武家屋敷街で、杵築市北台南台伝統的建造物群保存地区にも選定されています。海蝕崖で囲まれた南北の台地は武家地、台地を囲む低地は町人地という…
大分県杵築市、杵築城の西の高台に位置する、北台武家屋敷跡。杵築藩の上級武士が暮らした武家屋敷街で、杵築市北台南台伝統的建造物群保存地区にも選定されています。海蝕崖で囲まれた南北の台地は武家地、台地を囲む低地は町人地という…
大分県杵築市、城下町・杵築の家老などの邸が並んでいた北台武家屋敷にある杵築藩の藩校「学習館」の跡が、北台武家屋敷・藩校学習館跡。藩政改革を推進した、杵築藩7代藩主・松平親賢(まつだいらちかかた)が、天明8年(1788年)…
大分県杵築市、杵築城の西、南台武家屋敷エリア・家老丁にある中根邸に隣接し、城下町「杵築」の特徴的な町割などをジオラマ等で解説するミュージアムが、きつき城下町資料館。城下町の歴史や当時の風俗、習慣などを紹介するほか、杵築歌…
三重県亀山市、亀山藩の藩庁があった亀山城内、亀山神社境内に建つのが、亀山演武場。幕末に山崎利右衛門(雪柳軒)が武術の錬成場で、明治15年、亀山演武場は、野村(現・南野町)から旧二の丸に移築、さらに明治40年、亀山神社境内…
愛知県岡崎市大平町にある東海道の一里塚が、大平一里塚(おおひらいちりづか)。江戸・日本橋から数えて80里目にあたる一里塚で、三河国(現在の愛知県東部)では10番目にあたる一里塚です。家康の家臣で、当地を領有した三河三奉行…
大分県杵築市(きつきし)、杵築城下町の北台武家屋敷にあり、もとは江戸時代後期、藩主の休息所・御用屋敷「楽寿亭」の一部だったという武家屋敷。明治時代には200石の武士、加藤与五右衛門の邸宅として使われ、明治時代には増改築も…
三重県亀山市、亀山城西出丸跡に建つ亀山神社の入口に建っているのが、大久保神官邸宅門。亀山城(亀山古城)の鎮守社として鎌倉時代に創建した南崎権現社の神官・大久保但馬守邸の門。亀山西小学校裏門として利用されていましたが昭和3…
三重県亀山市、亀山城の西出丸跡に建つ神社が、亀山神社。祭神は亀山藩の旧藩主、石川氏の祖とされる源義家、源義時、元弘の役に奮戦して笠置山に散った石川義純(いしかわよしずみ)。江戸時代に城内に祀られた真澂神社(ますみじんじゃ…
三重県亀山市野村町にある東海道の一里塚が、野村一里塚。三重県内にあった12の一里塚のなかで唯一現存する一里塚で、国の史跡。江戸・日本橋から106里12町、京三条大橋から17里32町で、105里目の一里塚として築かれていま…
静岡県三島市、旧東海道の箱根越え(箱根八里)の三島側入口(箱根西街道)、国道1号沿いにあるのが、錦田一里塚。江戸・日本橋から数えて28番目の一里塚で、街道(国道1号)の両側に一対で現存する貴重な塚。塚の上には榎(えのき)…
大分県杵築市(きつきし)、杵築城の西、上級武士の屋敷が並ぶ南台武家屋敷エリア・家老丁にあるのが、中根邸。中根家は杵築藩の筆頭家老などの要職を務めた名家。現存する建物は、幕末の文久2年(1862年)、中根家9代、家老職の中…
大分県杵築市(きつきし)、城下町・杵築で家老職など上級武士の北台武家屋敷を代表する邸宅が、大原邸。もとは杵築藩筆頭家老の中根斎の邸宅、御用屋敷で、江戸末期には石高200石の用人、大原文蔵の邸宅となった建物。杵築市北台南台…
大分県宇佐市安心院町福貴野の深見川に懸る滝が、福貴野の滝。雄滝と雌滝の2条に分かれ、落差は65mという巨瀑。国の名勝・耶馬溪の一部です。滝を見下ろす位置に龍泉寺という寺があったことから、龍泉寺の滝とも呼ばれています。初夏…
大分県宇佐市、国道500号からほど近い、宇佐市安心院町楢本(あじむまちならもと)地区にある磨崖仏が、楢本磨崖仏(ならもとまがいぶつ)。高さ4.5m、横幅40mの2段になった岩に、不動明王や薬師如来など、40数体にも及ぶ像…
大分県杵築市山香町、松尾川の上流に懸る美しい滝が、羽門の滝(うどのたき)。落差は12mですが、水量は豊富で、岩肌の間から飛沫が飛び散る様は迫力満点。遊歩道も整備され、散策も可能。駐車場から滝までは徒歩で2分ほど。
大分県由布市湯布院町、JR久大本線・由布院駅の南1kmほどのところにある、九州屈指の大きさを誇る杉が、大杵社の大杉(おおごしゃのおおすぎ)。大杵社は、宇奈岐日女神社(六所宮)の末社で、拝殿左にそびえる大杉は、御神木にもな…
大分県日田市、シオジ原生林・御前岳登山口にある清冽な湧水が、御前岳湧水。大分県日田市と福岡県八女市の県境にまたがる標高1209mの御前岳(権現岳)。その中腹、標高900mほどに位置するのが、筑後川の源流となる御前岳湧水(…
大分県佐伯市弥生上小倉にある鎌倉時代から南北朝時代に彫られた磨崖石塔群が、小倉磨崖石塔(おぐらまがいせきとう)。凝灰岩の壁面25mにわたって彫られたもので、五輪塔が34基、宝塔が8基の計42基にものぼる数です。正面と側面…