多賀大社
『古事記』に「伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)は淡海(=近江)の多賀に坐す」と記された滋賀県多賀町の多賀大社。「お伊勢参らばお多賀へ参れ、お伊勢お多賀の子でござる」、「お伊勢七度熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」と謳わ…
『古事記』に「伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)は淡海(=近江)の多賀に坐す」と記された滋賀県多賀町の多賀大社。「お伊勢参らばお多賀へ参れ、お伊勢お多賀の子でござる」、「お伊勢七度熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」と謳わ…
近世には日野商人(近江商人)の活躍で繁栄した滋賀県日野町の古社、馬見岡綿向神社(うまみおかわたむきじんじゃ)。社伝では、鈴鹿山脈の霊峰・綿向山(標高1110m)の頂上に、神武天皇の時代に、出雲国の開拓の祖神を迎えて祀り、…
「日本最初の庚申尊出現の地」といわれ、江戸時代に八坂庚申堂(京)、入谷庚申堂(江戸)とともに日本三庚申に数えられていたのが大阪市天王寺区にある四天王寺・庚申堂。四天王寺の境内にあり、庚申の日とその前日(宵庚申)に本尊に祈…
京都市の東山、法観寺(八坂の塔)をやや下ったところにある天台宗の寺院が八坂庚申堂。正式名は、大黒山延命院金剛寺ですが、「八坂の庚申さん」の愛称で親しまれています。中国の道教由来である庚申信仰の霊場で江戸時代には四天王寺庚…
東京都台東区浅草にある聖観音宗の寺、本龍院。浅草寺の子院のひとつで、山号の待乳山、本尊の歓喜天(聖天)から待乳山聖天(まつちやましょうでん)と称されています。奈良県生駒市の生駒聖天(宝山寺)、埼玉県熊谷市の妻沼聖天(歓喜…
生駒聖天として商売繁盛の御利益で知られる奈良県生駒市の古刹、宝山寺(ほうざんじ)。古来から神聖視された生駒山の山麓にあり、参詣のため近鉄生駒駅と生駒山上を結ぶ近鉄生駒ケーブルの中間駅・宝山寺駅も設置。東京都台東区浅草の待…
大阪市中央区にある古刹、法案寺南坊(法案寺と通称)。寺伝によれば聖徳太子により志宜野(しぎの=現・大阪市城東区鴫野)に創建され、仏法弘通の公案をこの寺で行なったことから、法案寺と称するようになったのだとか。大阪七福神のひ…
埼玉県飯能市の山中にある子ノ権現は、正式名称は大鱗山雲洞院天龍寺。天長9年(832年)、子年、子月、子の日、子の刻に誕生した聖人が祀られていることから、子ノ権現の名で親しまれています。足腰の神様として知られ、境内には鉄製…
厄除け大師とも呼ばれる元三大師(良源)を祀る天台宗の寺のうち、関東を代表する3ヶ寺が関東三大師(関東の三大師)。栃木県佐野市の佐野厄除け大師(惣宗寺)、群馬県前橋市の青柳大師(龍蔵寺)、埼玉県川越市の川越大師(喜多院)で…
群馬県前橋市にある天台宗の寺、龍蔵寺(青柳大師)。寺伝によれば延暦3年(784年)、日光開山の勝道上人(しょうどうしょうにん)によって創建されたという古刹。近世には天台宗の檀林(学問所)が設置され、関東八壇林のひとつとし…
岐阜県岐阜市の市街中心に鎮座する伊奈波神社(いなばじんじゃ)の創建は約1900年前に遡り、神代の時代、景行天皇14年と伝わる古社。祭神は垂仁天皇第一皇子、美濃開拓の五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)。美濃国三之宮…
千葉県香取市にある寛平2年(890年)、尊海僧正が創建したと伝わる真言宗豊山派の古刹、観福寺(かんぷくじ)。神奈川の川崎大師、東京の西新井大師とともに、弘法大師(空海)を祀る「関東三大厄除け大師」のひとつ。本尊の聖観音像…
愛知県一宮市、一宮市街地の中心に鎮座するのが尾張国一之宮で、古代に尾張地方を治めた尾張氏の奉斎に始まるという古社、真清田神社(ますみだじんじゃ)。祭神も尾張氏の祖神で、太陽神、農業神として信仰される天火明命(あめのほあか…
岐阜県岐阜市にある天台宗の寺が美江寺(みえじ)。本尊の十一面観音のご利益(りやく)から美江寺観音と呼ばれています。『新撰美濃志』などによれば、養老元年(717年)、元正天皇の勅願で、伊賀国名張郡の伊賀寺(坐光寺)の十一面…
滋賀県大津市坂本にある日吉大社(ひよしたいしゃ)は、神仏習合時代から山王権現と呼ばれ、神代の昔から比叡山に鎮座する地主神(じぬしがみ)として、全国3800社余りある日吉神社、日枝神社、山王神社の総本宮。現存する社殿の大部…
千葉県館山市にある真言宗智山派の寺、遍智院小塚大師。弘仁6年(815年)に空海(弘法大師)が衆生救済の祈願にあらゆる災難・禍の身代りとして自らの木像を自刻し、本尊として創建と伝わる古刹。曼茶羅山金胎寺遍智院というのが正式…
隠岐ユネスコ世界ジオパークに登録される、隠岐の自然と世界ですが、島前(どうぜん)と呼ばれる西ノ島(島根県西ノ島町)、中ノ島(海士町)、知夫里島(知夫村)を形成するのが島前カルデラ(火山性の陥没地形)。島前カルデラの中央火…
広島県尾道市、尾道水道に臨む千光寺山(せんこうじやま)はもともと山全体が千光寺の寺域。その中腹の崖にへばりつくように建っているのが千光寺の本堂。美しい朱塗りの建物は赤堂と呼ばれている。「汽車が尾道の海へさしかかると、煤け…