下関市立考古博物館
古代には赤間関(あかまがせき)として大陸への玄関口として栄えた山口県下関市。渡来人の文化もその多くは赤間関を経て瀬戸内や大和、さらには東国へと流入したと推測できます。綾羅木郷遺跡(あやらぎごういせき)に隣接して建ち、弥生…
古代には赤間関(あかまがせき)として大陸への玄関口として栄えた山口県下関市。渡来人の文化もその多くは赤間関を経て瀬戸内や大和、さらには東国へと流入したと推測できます。綾羅木郷遺跡(あやらぎごういせき)に隣接して建ち、弥生…
下関市の唐戸桟橋のある東港地区。「下関市立しものせき水族館 海響館」に隣接するあるかぽーと地区にあるのがアミューズメント施設「はい!からっと横丁」。運営するのはよこはまコスモワールド、万博などでも観覧車を設置する泉陽興業…
下関市立しものせき水族館「海響館」は、水産都市・下関のシンボル的な存在となる水族館で「海のいのち・海といのち」がメインコンセプト。公益財団法人下関海洋科学アカデミーが管理運営をしています。関門海峡や日本海、瀬戸内海の生物…
海峡メッセ下関に併設される海峡ゆめタワーは、高さ153m。30階の展望室は143mに位置し、世界初の球形ガラス張りとなっていて、360度のパノラマビューが楽しめます。幅700m余りの関門海峡はもちろん、九州の山並みをも一…
山口県下関市で「関の氏神さま」と尊崇される古社、亀山八幡宮。貞観元年(859年)創建と伝えられ、行基が宇佐八幡宮から京の石清水八幡宮に分霊を勧請する際に、この地に立ち寄り仮の社を造ったのが始まりとされています。当時は島だ…
佐賀県の東松浦半島の西側、仮屋湾を望む玄海町浜野浦地区にある、海に向かう絶景の棚田が浜野浦の棚田。国道204号沿いの左右に展望デッキがある広い展望台と2つの駐車場、トイレも整備され、手軽に見学、そして撮影が可能です。展望…
佐賀県唐津市、八幡岳(標高764m)の北側斜面に築かれた40ha(耕地面積は36ha)の棚田が蕨野の棚田(わらびののたなだ)で、農林水産省の日本の棚田百選に選定されているほか、周辺の山林を含めた景観が平成20年に国の重要…
日本三大美肌の湯ともいわれる、嬉野温泉にある室町時代以前の創建という古社が豊玉姫神社。祭神の豊玉姫は、海の神・綿津見神(わたつみ)の娘で、竜宮城の乙姫様にあたります。日向国(宮崎県)から勧請されたと伝えられています。境内…
京都の伏見稲荷、愛知の豊川稲荷とともに日本三大稲荷(三大稲荷は諸説あります)のひとつに数えられるのが佐賀県鹿島市に鎮座する祐徳稲荷神社(ゆうとくいなりじんじゃ)。もとは京都御所内の花山院(かざんいん)邸に鎮座する稲荷大神…
吉備津神社と古代山城の鬼ノ城(きのじょう)のちょうど中間に鎮座する古社が矢喰宮(やぐいのみや)。吉備国平定のため派遣された四道将軍のひとり、吉備津彦命(きびつひこのみこと)と温羅(うら)と呼ばれた鬼(吉備津宮縁起によれば…
北八ヶ岳・麦草峠(標高2127m)を越える国道299号(メルヘン街道)途中、蓼科側(長野県茅野市)、標高1940mに位置するのが日向木場展望台。周囲をカラマツなどの針葉樹林に囲まれていますが、駐車場横の高台に東屋が整備さ…
最上稲荷(さいじょういなり)と通称されていますが正式名は最上稲荷山妙教寺という日蓮宗の寺。岡山市北区、吉備平野を眺望する龍王山の南麓にあり、京都の伏見稲荷、愛知の豊川稲荷とともに「日本三大稲荷」に数えられる(笠間稲荷神社…
備中高梁(岡山県高梁市)にある臨済宗永源寺派の古刹、頼久寺。永正年間(1504年〜1521年)、備中松山城主・上野頼久が足利尊氏の建てた安国寺を再興、寺号を安国頼久寺とした。国の名勝にも指定の頼久寺庭園は、小堀政一(こぼ…
『桃太郎』のモデルともいわれる吉備津彦命(きびつひこのみこと)を祀ることで知られる古社が岡山市北区に鎮座する吉備津彦神社。備中と備前の国境に位置する「吉備の中山」(きびのなかやま)を御神体とし、その備前側の麓に鎮座する(…
岡山県県北西部、新見市井倉にあり、高梁川(たかはしがわ)の両岸に高さ250mもの絶壁となって約8kmも続く峡谷が井倉峡。これは、高梁川が阿哲石灰岩層群(秩父古生層)、三郡変成岩類(変成された秩父古生層)で構成されるカルス…
岡山県北部、鏡野町の奥津温泉の3kmほど下流に位置する国の名勝に指定される美しい渓谷が奥津渓(おくつけい)。天狗岩や鮎返しの滝など「奥津八景」と呼ばれる奇岩や滝が約3kmに渡り連続する景勝地で、花崗岩でできた河床には天然…
備中と備前との国境、「吉備の中山」(きびのなかやま)を御神体とする吉備国総鎮守として創建された古社が岡山市北区吉備津に鎮座する吉備津神社。7世紀後半、吉備国が3分割された後に備中国一之宮として歴代の国司に崇められました。…
平安時代、国庁に赴任した国司が国中の神社を巡る手間を省くため、国府の近くに造られたのが、総社。古代、備中国府が置かれたときに、備中の主な神社、324社の神を合祀して創建されたのが総社市の備中総社宮です。本殿は昭和54年の…